インタビュー 前日本SGI代表取締役社長 和泉法夫さん 第1回「帝王学を学んだIBM」(全4回)

By k.tamai@jidainokai.jp • 1月 15th, 2009

「次代の会」会員の皆様 遅ればせながら明けましておめでとうございます!本年も次代の会ブログを皆さんに読んで頂けるように頑張っていきますのでよろしくお願いします。
さて、2009年最初は「次代の会 インタビューコーナー」をお送りします。
昨年8月の第1回に続く第2回は前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューを4回に渡ってお送りいたします。

和泉さんは日本IBMで流通業界を担当された後、1985年日本タンデム・コンピューターズに転職、専務として活躍後、同社の合併に伴い日本コンパック副社長に。
その後1998年日本シリコングラフィックス(現日本SGI)社長に就任され、10年間の期間を経て昨年3月に社長を退任されました。現在は新潟大学脳科学研究所でデジタル医学分野の特任教授をされながら、ビジネス分野では後進の方々を支援する立場で多方面のご活躍をされています。
営業トップランナーとして日本企業のメインフレーム導入をリードした後ベンチャー企業へと転身され、その後日本をリードするグラフィックコンピューター企業の社長というさまざまなフィールドで活躍されたその半生を追ってみたいと思います。 

第1回 「帝王学を学んだIBM時代」

Q 先生今日はよろしくお願い致します。まずはその素晴らしい経歴のはじまりからお聞かせ下さい。先生は上智大学を卒業された後、IBMに入社されたのですね。最初から営業でどんどん結果を出されたのですか?

A 私が入社したのはちょうどオイルショックの直後の1972年でした。「ITで経営を変えたい」という熱い思いを持っていた私は、1970年に理工学部卒業後社会学科に学士入学して経営組織論に大変興味を持っていたので当時のIBMが掲げていた経営哲学や理念に心から惚れ込んでおり、意気揚々、やる気も満々でした。また当時新卒に職種募集をする珍しい企業でしたのでSE職種を希望して採用されました。ところが、入社日直前の3月にいきなり「財務をやれ」と通知を受けたのです。今の内定取り消しよりはましでしょうが。(笑)
入社式で当時の椎名副社長が語ってくれた、企業に問題点があれば遠慮なくエスカレーションしろとか「オープンドア」、「スピークアップ」という椎名節のべらんめい調で開かれた社風、経営信条に感銘を受けていた私は怒り心頭で副社長に「言ってることとやってることが違う!」と直談判を申し込みました。 

Q え!入社早々社長に直談判されたのですか??しかも抗議の直談判を?

A そうです(笑)。でも直後ではないのですよ。やはり大人ですから会社の事情も勘案して与えられた財務という仕事を3ヶ月はまじめにやってみましたがとても私の入社動機である「ITで経営を変えたい」との思いとは関係のない仕事でした。そこで結婚直後でしたが退職も覚悟して「オープンドア」をしたわけです。
しかしさすがですね。副社長が丁度海外出張の当日だったので不在でしたが秘書の方が「オープンドア」とのことで副社長に代わって話を聞き「責任をもって取り次ぎます」と言われました。次の日に人事から「上司に感づかれずに抜けてきなさい」と内線が入り、話にいったところ副社長から電話で指示を受けたのですぐさま「検討に入る」といわれました。
その後社内通達で社内人材募集という珍しい案内が全社員にありました。人事からはこれに応募するようにとの指示です。そんな経緯で通常1年半のセールススクールを、1年での短期促成栽培の営業マンが誕生したというわけです。私と同じように他の部署から希望職種への部署異動を願い出て移ったメンバーも多くいました。 

Q さすが、経営信条に嘘偽りはなかったわけですね。晴れて営業になってからはどんなお仕事をされたのですか?

A 当時はまさに多くの業界トップ企業が経営戦略としてメインフレームを導入する大変換期でした。私が扱っていたのは1台数億するような大型コンピュータだったので、その規模になると企業の担当者レベルでなく、経営者の経営判断レベルでなければ決済できない。
そこで私は分らないことを分かったような顔をして(笑)「IBMを導入することで御社の経営はこう変わるのです」というプレゼンを1年、長い時は2年かけて行いました。とはいえコンサルタントではなく、全身全霊をかけてそのお客様の為に中に入り込んで信頼感を醸成し、提案していくスタイルでしたね。

Q そうですね。規模からして片手間でできるはずもないスケールですしね。そんな中、IBMでの大規模システム導入のお仕事で結果を出されていたにも関わらずベンチャーであった日本タンデム・コンピューターズへ転職されたのはなぜですか? 

A  その当時は今とは全く違って、転職などは基本的に常識的ではありませんでした。そのことを考えると、まさに高柳さん(元日本ヒューレッド・パッカード社長 1985年に日本タンデム・コンピューターズ社長に就任した。和泉氏も同時に転職)が当時日本タンデム・コンピューターズに移られたことなどはまさに「晴天の霹靂」というほど衝撃的な事件でした。
今でこそ珍しくないですが、まさにそういったケースの草がけだと思います。高柳さんは日本IBMの中でもスーパーエリートでした。厳しい状況のなか「自分の都合」でおやめになる(笑)人はいても、自ら転職を選ぶということは常識的ではなかった決断をされたことを知った時はある意味私はとてもショックを受けました。同時に米国タンデムのCEOであったジム トレビックのコンピュータ業界を変革する壮大なビジョンにも大変感銘しました。
IBMを中心とするメインフレームの全盛期に新しいノンストップコンピュータという斬新な並列処理コンピュータを開発してトランザクションの増大に合わせてCPUを増設していけるという現在のグーグルはじめとする地球規模のオンラインネットワークのシステムの先駆けとなった発想です。

Q 今次代の会に参加されている方は若い経営者の方も多いのですが、その頃は転職や起業も本当に珍しかったのですね。ましてや和泉さんもIBMでこれから何でもできる!という状況なのであれば尚更だったわけですね。具体的なお話はおいおい聞かせていただくとして、その転職を通じて感じたことは何かありますか?

A IBMに限らずですが、どんなにいい企業といわれようとも大企業の特性として「官僚的」ではありますね。IBMではエスカレーションは認められていましたが、IBMの私の「オープンドア」の例一つ取っても「上司に黙って来い」というような日本独特の空気感みたいなものがあって、ある程度の年数そんな経験を積むことで、それが読めるようになるわけです。反面教師もたくさん見てきました(笑)
そのように大きな社内の中ではマネジメントの部分では苦労をしますがとても勉強になりますね。
特に新しいことに挑もうとするとき縦割りした官僚組織の壁を打ち破るために苦労してそれぞれの立場も立てながらこちらの思いどおりにしていくことは大変な労力がいります。

しかしそんな苦労も営業で大企業に売り込もうとするときには役に立ちました。(笑)
面白い例がIBMでは諸先輩がSecond is Bestという教訓を教えてくれました。
これは初めての製品やソフトには手を出さず常にだれかが苦労してバグ出ししたあと2番手で扱うと楽ができるとの教訓です。これは大変な慧眼(笑)ですが私はどちらかというと好んで1番手を目指しました。理由は簡単で最初のシステムは苦労も多いですが会社が組織を挙げて対応するようになります。
ただその際重要なことはお客様を人質にしておくことです。(笑)お客様という錦の御旗を掲げて会社の対応を迫ると官僚組織も打ち破れます。
いいところも悪いところもありますが、大きな組織に入るなら、歯を食いしばってでも10年くらいは頑張ることが大事だと思います。

その意味ではベンチャーしか経験のない経営者の方はその苦労を知らない部分、正直に後で大変だとも思います。全てではありませんが、それを経験しないが為に、ベンチャーで挫折する経営者の方には全てを他責にする傾向もあったりしますが、その中でも一度ベンチャーで壁にぶつかって挫折してもそこから立ち直ってくる経営者の人は逆に大きく育ちます。
日本ではベンチャーの失敗者は救われない風潮ですが、その中で立ち上がってきた彼(次代の会第1回講演 テックファーム筒井社長 CTOでありながら上場直前に㈱ハイパーネットで倒産を経験。その後10年で上場)などは稀有なケースだといえますね。私はタンデムの時代にさまざまな新しい発想のネットワークビジネスをシステム面で支援してきましたがハイパーの斬新なアイデアは時代より少し早すぎたのでしょうね。このハイパーの発想はその後、当時2人の副社長であった夏野さんがドコモのiモードで活躍し筒井さんがテックファームでの上場につながるのですから新しいチャレンジ精神は重要ですね。

Q なるほど、筒井社長も苦労された末に自らの経営哲学を確立されたとお聞きしましたからね。
しかし、そんな和泉先生もIBMからベンチャーへ転職されたお一人です。そこにはまたスゴイエピソードがありそうですね。当然IBMで学んだ帝王学もそこには活かされていると思われます。
次回は、日本タンデムに移られてからの挑戦の日々のお話をじっくりお伺いできればと存じます。
宜しくお願いします。

A こちらこそよろしくお願いします。

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