インタビュー 前日本SGI代表取締役社長 和泉法夫さん 第2回「野鴨集団 日本タンデム・コンピューターズ時代」(全4回)

By k.tamai@jidainokai.jp • 1月 22nd, 2009

「次代の会」会員の皆様 寒い日が続きますがお元気ですか?さて、前回に引き続き「次代の会 インタビューコーナー」をお送りします。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは2回目、日本タンデム・コンピューターズでのお話を中心に伺います。


前日本SGI代表取締役社長 和泉法夫氏

第2回「野鴨集団 日本タンデム・コンピューターズ時代」 
Q 先生今日も宜しくお願いいたします。営業として1台何億もするメインフレームを導入し、多くの実績を打ちたてていたにも関わらず、突如ベンチャー企業の日本タンデム・コンピューターズ(後にコンパックに買収)に移籍されましたね。先生の中で何が起きたのですか?

A 前回も少しお話しましたが、社長であった高柳氏(後のコンパックコンピュータ社長/日本ヒューレットパカード社長)に誘われたこと、そして創業者のジム・トレビック氏のビジョンに感銘を受け「ベンチャーでITの新しい産業を創るんだ」という気概に燃えて転職しました。当時は通信自由化が始まったばかりで、24時間365日オンラインの時代に突入する頃に氏の「ノンストップ・コンピューティング」という考え方は前衛的すぎるぐらい尖っていましたからね。1985年のころです。

Q しかし「天下のIBM」とまでいわれた大企業からの転職はかなりの覚悟だったのではないですか?

A 当時IBMのエースといわれた高柳氏と共に大きな喜びや苦しい事もありました。やはり規模でいうと我々はまさにベンチャーですから、HEAD TO HEADでの大きな企業との戦いには苦労しました。
特に古巣のIBMと互角に戦い、ある信託銀行の国際オンラインシステムの受注合戦の結果内示を受けながらも最後にひっくり返された苦い敗戦がその後の糧になりました。

そこで戦略的に攻めるために当時はまだオンラインの導入が始まったばかりの流通業やクレジット企業を片っ端から攻めていきました。ちょうどPOSの導入やクレジットシステムの導入による情報武装が差別化につながる時代で、アメリカでは金融よりも単価が安くトランズアクション(取引)の多い流通のほうがIT武装されて進んでいました。また製造業も国際化が進みトヨタや東芝さんのように世界の拠点をネットワークで結ぶメールシステムの導入も始まり既存のメインフレームの発想ではついてこれないエリアを攻略しましたね。

また、当時の大型メインフレームは1台数億、4~5年のリース契約で巨大で高価なCPUを搭載していましたが(冷却は水冷でしか考えられないと言っていた時代、笑)、なんとタンデムは今の時代のPCクラスターのように最初2PUからシステムが構成でき、必要に応じて増設する事ができるわけで、不特定多数のオンライン(POS/ATMとかクレジット照会、メールなど)をはじめるとき費用対効果などを営業で話すと説得力があるのですね。ただシステム構築は技術力を必要とするだけに信頼していただくのが大変でお客様に優秀な方がいないと決断できませんでしたね。

そのようなシステムを営業するにはまさに「次代」を担うムーヴメントとしての使命感があり、単にお金をもうけるだけでなく、ビジョンがありました。ビジョンないところに信念もお客様の共感も生まれないということをメンバーと共有しなければなりませんでした。

1995年タンデム・コンピューターズ創業者であるジム・トレビックCEOと

Q 当時のタンデムはどれくらいの規模だったのですか?

A 営業が私を入れて5人で総勢40名です。IBMを辞めた当時私は40人以上部下がいたのですが(笑)
転職が珍しいころでしたから当時の社員はベンチャースピリットに溢れた個性的な「野武士集団」でした。しかし自己主張が強く、まとめるのは大変でした。その意味では陣頭指揮しないとついてこない連中ですから面白かったですよ。タンデムの評判があがるとヘッドハンティングも増え、何人かはタンデムを辞めて新興IT外資の社長になるような人もいましたね。

また一方で優秀な人材も多く集まってきました。富士通の自称トップセールスマンだったというような人もきましたね。フリーエージェントの移籍金を払わず優秀な人材が集まってきてくれたのは企業に勢いがあったからかもしれませんね。(笑)
様々な企業から集まってくる優秀な人材を融合して日本タンデムの企業文化を醸成するのには時間が必要でした。その意味ではあとで説明しますが高柳さんが決断した新卒採用と育成が企業文化を創り上げいくうえで重要なことでした。

Q これまたすごいですね。でも40名のベンチャーですよね。

A やはりビジョンが明確でかつ新しい市場を開拓しようという情熱があったので燃えていたのでしょう。ビジョンをどこにいっても熱く語れないベンチャーはダメですね。今そんなベンチャーが少なくなっているので、私はそういうビジョンをもつ若者が積極的にビジネスにチャレンジしていこうとするのをサポートしようと思っています。

Q 先生からみて今のベンチャーに対しての印象はいかがですか?

A そうですね。お金を儲けることに対してすべてを否定しませんが、ライブドアの堀江さんがベンチャーに対する見方を変えてしまった感がありますね。もう1つはIPOブームですね。IPOはあくまでプロセスであってゴールではないと私は思います。この2つによってベンチャーが投機的な印象を与えてしまったこと、そしてそんな軽い人材が参入したことはとても残念だと思います。

若いベンチャーの経営者の方々は「自分は何をこの会社で実現したいのか」がとても重要だと思います。とりわけそのビジョンがもつ社会的意義まで考える時代だと思います。IBMに入りたいと思ったのも会社のビジョンに憧れたわけですし、離れたのもビジョンが実現できないと思ったからです。椎名副社長は「IBMの中で日本を売れ」「日本の中でIBMを売れ」という日本IBM独自の考えを説いていて、かつ日本に根付いた企業としての経営方針に私は感銘を受けていたのです。しかし当時の業績悪化などと共にカナダからトップが営業担当専務で来ることを受けいれて方針転換したので転職を決意した次第です。椎名さんはそれを聞いて「お前の顔など二度と見たくない」といわれましたが(笑)

Q とはいえ残る人のほうが多いですよね。どんな感覚でしたか。

A 私がIBM時代学んだ最高の教訓に「野鴨であれ」というものがあります。野生の鴨のように「いつでも飛びたてるが、あえてこの池(企業)が今は最もいいのだ、だからここにいるのだ」という心構えですね。当時のIBMにはそのようなビジョン、スピリットそして自信があったのです。
昔は松下幸之助氏もしかり、そのようなビジョンをもった経営者がいたのですね。
私は職を変えた(転職)をしたのではなく会社を変えた(転社)だけで私のビジョンに何も変化はなかったのです。企業は常に優秀な社員を惹きつける魅力(ビジョン)を持ち続けることであり、社員は常に会社と緊張関係の中で仕事を続ける気概が必要でしょう。また企業は独自の企業文化の醸成が必須です。それが社員の企業へのロイヤリティーにもつながります。

高柳氏が経営者としてタンデムで外資系ベンチャー企業に残した大きな功績の一つとして「新卒採用とその育成を続けた」というのがあると思います。外資系ベンチャー企業で新卒を定期採用するのは非常識だったのです。新卒の採用は1年前に決めなければなりませんから四半期決算が常識の世界でかつベンチャー企業では不可能に近いと思われていました。大手外資ですら今の「新卒内定取り消し」みたいなことは日常茶飯事でした。

新卒は白紙のキャンバスに絵を描くようなものでその企業の文化を育んでいく上で重要な役割を演じます。特に企業の理念/ビジョンを摺り込むことですね。時間はかかりますが、それが勢いのある企業を生み出していくことに繋がると思います。

Q 難しいところですねえ。ところでそんなタンデムでの大活躍の秘訣のようなものがありますか?

A そうですね、当時3Pと言われた技術力(Professional)があって困っていて(Problem)かつ儲かっている(Profit)企業を狙うことですね。(笑) これは技術者が少ない先進ベンチャーにとっては重要な戦略ですよ。さらに新しい発想でビジネスを展開しようとする企業のキーマンと意気投合することがとても重要だと思います。そうでないところは何も決められないし、それだけでも時間の無駄ですよ(笑)。
当時NCC(現野村総研)の有賀さん(元CSK副社長)やTISの藤宮さん(現TIS社長)、など若手の技術力のあるオピニオンリーダーの方々がタンデムを評価して応援してくれたので私は助けられてきたのです。

Q タンデムでそんな成功を収めながら、最終的には、しかも突然日本コンパックに買収されてしまいました。しかし、された側なのに和泉先生は高柳氏と共に経営陣に残るという特異なケースでしたね。この「事件」に関しては次回もう少し突っ込んでお聞きしてもよろしいですか?

A そうですね、笑い話もあります。ではコンパックによる買収合併のストーリーは次回のお楽しみにしましょう。よろしくお願いします。

Q 宜しくお願いします!

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