インタビュー 前日本SGI代表取締役社長 和泉法夫さん 最終回「自らのビジョンを体現できるマイ・カンパニー 日本SGI時代」(全4回)

By k.tamai@jidainokai.jp • 2月 6th, 2009

「次代の会」会員の皆様 世の中にも冷たい北風が吹きすさぶ毎日、いかがおすごしでしょうか。
「インタビューコーナー」第2回もいよいよ最終回。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは、昨年退任されるまでの日本SGI在籍時代のお話を中心に伺います。


前日本SGI代表取締役社長 和泉法夫氏

最終回 「自らのビジョンを体現できるマイ・カンパニー 日本SGI時代」

Q 先生、インタビューもいよいよ最終回、今までも十分エキサイティングなお話を聞かせて頂きましたが、今回も熱いエピソードをお聞かせ下さい。宜しくお願いいたします。古巣、ベンチャーの日本タンデムとタンデムを買収したコンパック・コンピュータの経営陣として13年在籍し、ドラマチックなリストラで組織を刷新した1998年に同社を離れた先生は、グラフィックはもちろん、スーパーコンピューターから医療分野に至るまで幅広い事業を手がける最先端企業、日本SGIに社長として就任されました。そこにはまた興味深いエピソードがお聞きできそうですね。

A 正直あの時期はちょっと外資系企業に辟易していたところもあったのです。しかし、残念ながら日本の企業はビジョンなどの考え方はもっと未成熟だったため、結局外資系で自分がハンドルできる、それを基準にヘッドハンティング会社からの話を聞きました。
当時2つの外資系会社からのオファーがありました。1つは高成長企業で株価は高く、もう1つは業績低迷で安い株価の会社です。
外資系の典型で本社コントロールの強い会社と業績は低迷しているがかつてはシリコンバレーの星といわれた会社、2社のそれぞれのTOPとシリコンバレーで面談しながら自分のビジョンが実現できる会社を基準に、アメリカの言いなりに「Yes, Sir!」で応えなくてもいい、そういうことをインタビューでも感じ取れたので、日本SGIに決めたのです。外資系企業でかつ高成長企業で米国本社のいいなりの道を選べば社長業としては気楽ではあったでしょうが、タンデム時代に高柳さんと目指した日本に根づく企業として社員が「素晴らしい会社にお勤めですね」言われるような会社を創り上げるうえでは身の丈にあった企業を選んだといえます。

Q 先生が「自らのビジョン」ということをいよいよ実現する、そのフェーズで選んだ会社が日本SGIだったわけですね。

A それまではタンデムの創立者 ジム・トレビックのビジョンを実現するというのが私のテーマだったわけですが、ここにきてようやく自らのビジョンを実現できる、そう思ってはじまりました。
やはりコンパックにいたらアメリカ本社の言うとおりにしなければならず、マーケティングの手法もアメリカとは異なった戦略をとっていた日本では私のビジョンは実現できない、そう感じたのですね。
一般的に外資の場合、そういうことを強制されてしまうので、俗にいう「チイママ社長」になってしまう人がいるのですね。分かりますか?銀座の雇われマダムと同様に外資系企業を転々としてお客さんを連れて出て行ってしまうという意です(笑)。

Q なるほど、チイママ社長ですか!それはうまい例えだなあ~(笑)。
そこで日本SGIに社長として就任され、自らのビジョンを体現すべく最先端を走られたわけですが、そこでも大きなエピソードが当然あるのですよね?

A やはり最も大きなエピソードといえば、2001年 NECからの出資を受けて資本提携した話でしょうね。当時ソリューションカンパニー社長の金杉さんが「株価が1ドルを切っているSGI本社を買収したって100ミリオンにはならない」といいながら、その子会社である日本SGIに100ミリオンドル近くを出資してくれたのです。当然そのためにデューデリジェンスをして企業価値の算定やら膨大な契約作業で大変なプロセスは踏みました。さらに最終フェーズではSGI本社側が虎の子の日本法人を手放すのに躊躇をはじめたりしていつ破談になってもおかしくない状況でしたが実現しました。


2001年日本SGIはNECから出資を受けて戦略的提携を締結

ただその過程で私はちょっとした間違いをしました。当時1ドルが115円だったことです。当時アメリカSGI本社の社長、ボブ・ビショップCEOが「イズミサン、100ミリオン用意してくれ」といわれたのをドルと円を勘違いして、NECの金杉さんに「100億円出してください」といってしまったのです。残りの15億円足りない(笑)。捻出するのに大変苦労しました。しかし出資が決まった後、金杉さんは本当に太っ腹な人でした。60%の株式を保有(SGI本社が40%)しながら今までと変わらない環境で仕事をさせてくれました。ご本人が日本SGIのお客様に冗談交じりに「祇園の大旦那」だよと笑いながら語っていましたね(笑)。

おそらく金杉さんが私たちに期待をしてくれた理由は、収益を上げることでNECに貢献することの期待は当然ですが、それ以上にNECという自らの率いる大企業に対して「規模がこんなに違っても新しいビジネスに果敢に挑戦するこういう文化をもった連中もいる」というのを見せてNECの活力のある若い人たちへのメッセージにしたかったのではないか、ということです。そしてNECグループが様々な企業文化をもった企業体であることを示したかったのではと思っています。ただこんな肩入れをされただけにNECの一部の幹部連中には随分妬まれましたね。(笑)
そのように応援してくれた金杉さんにその恩返しをする前に亡くなってしまった(2006年11月死去)のは残念というより無念でした。金杉さんはIT業界ではその持前の明るさと親分肌の面倒見のよさで敵味方関係なく多くのファンがいました。一方、頑固さでは天下一品でしたね。(笑)

2004年前後でしたがある上場企業が日本SGIを大変評価してくださり対等合併の話を持ち込まれた時、私としてもシナジー効果が期待できるし資本の偏りもなくなる非常に良い話であったので何とか成就させようとSGI本社は説得しましたが金杉さんが最後まで首を縦に振らなかったことで実現は出来ませんでした。合併はタンデムコンパックで経験しているので心配はなかったのですが。(笑) 
その時つくづく日本SGIが期待されているのだなと痛感して責任の重さを感じました。
また金杉さんが病気で社長辞任する直前にNEC持ち分比率50%を切る了解を得てキヤノンマーケティングとソニーに増資の参加いただきましたがその時の2人の経営者にもまた日本SGIは大変お世話になりました。

いろいろとビジネス上で出資などの話がありますが、やはり最も重要なのは、互いの信頼関係の中で相手と意気投合することで「よし、こいつにこの会社にかけてみよう」という思いなのではないかと思うんですね。
もし金杉さんがご存命なら、おそらく辞めさせてもらえなかったと思いますが(笑)
金杉さんが亡くなられる直前の10月、日本SGIで行ったパーティーに病弱の身体でありながらわざわざお越しになり、スピーチをして頂いたことで参加されていたお客様からは後日「お別れができた」といまだに御礼を言われます。

Q つくづくそう考えるとビジネスは「人」ですね。人のエピソードは面白くてどうも長くなってしまいます。
さて、では最後に日本SGIを退任された先生のこれから、そして経営者の方々へのアドバイスなどをお聞かせ頂けますか。

A 昨年の10月の世界同時不況は人々の価値観を大きく変えるターニングポイントになっていると思います。この大不況は近年跋扈する「株主がすべての資本主義」の考え方に警鐘をならして本来の社会責任を伴った経済活動が重視されていくようになるでしょう。その意味でこれからは社会起業家「ソーシャル・アントレプレナー」と呼ばれるような起業家が若い方々のなかから多く出てくると思います。ただ利益をあげその結果IPOだけがすべてのような昨今の風潮が変わっていくでしょう。私が好きな言葉に「Next dedicate」という言葉があります。何をするにしても次の10年を見据えて仕事をする、そんなスタンスでVision夢に向かって頑張ることが大事だと思います。

そこには少しの失敗で頓挫せず、IPOも一つの選択肢ぐらいに考えることが重要だと思いますね。
コンピューターも今はネットワーク全盛の時代ですが、ウェブでいえばウェブ2.0に留まらない「コンテンツが主役の時代」の流れ、次世代のウェブの動向を見据えていくことなどが大事ですよね。アマゾンやグーグルに代表される個人の嗜好/行動パターンからあなたにはこれがお勧めというようなパターンからユーザー自らのエージェントが欲しいものをコンピューター上でかけめぐって探してくる、そんな行動の主体が変わるのがウェブ3.0だと思います。

またロンドンでは新しくできた東京タワーくらいの高さの新ビルに一切駐車場がない試みがはじまりました。Park&Rideで車社会の発想も変わりモビリティーが大きく変化すると思います。都市空間に大きな車が乗り入れるのではなく小型の電気自動車やSegwayのような環境にやさしい乗り物が主流になるでしょう。携帯電話の普及の歴史を見ればよくわかりますね。電話といえば固定電話が常識だった世界が取って代わられるのは当時だれが想像したでしょうか。タンデム時代にセルラー会社のシステムをタンデムで席巻したのでよく覚えています。また医療の世界も大きく変わるでしょう。新潟大學で脳研究所にいるのもその辺に関心があるからです。


雑誌「経済界」が主催する2008年「経済界大賞敢闘賞」を日本SGIが受賞(後列右から3人目)

そろそろ狂ったように消費需要を生み出した自動車産業や金融ビジネスから人間の尊厳に価値観が移り、自分の健康や心豊かな生活に投資する時代がはじまると思います。ユビキタス環境が整いつつある時代に遠隔医療や地球規模のセカンドオピニオン、そして都市中心型のライフスタイルから二地域居住のライフスタイルなどが実現していくと思います。それによって産業構造も変わるでしょう。そんなふうに新しい価値観を見越していなければならないと思います。目先の利益だけ考えて会社を経営していれば早晩淘汰されるでしょう。
説教じみてしまいましたが、私はこの大不況は様々な分野で大転換をはかるポジティブな作用が生まれると思います。こういう時代はマネーゲームに群がる人々が淘汰される本物の時代でもあるといえるわけです。
その意味でも次代の会の皆さんは本物の経営者になるべく、10年先を見越して頑張ってもらいたいですね。

Q 次代の会に集まる経営者の方々には非常に心強いアドバイスですね。この時代を生き抜くには先生がこだわり続けたビジョンの重要性を強く感じます。
長い時間貴重なお話をありがとうございました。先生の更なるご活躍を楽しみにしております。

A はい、ありがとうございました。

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