ビー・ナチュラル株式会社 代表取締役(元バンダイネットワークス(株)代表取締役)林俊樹氏第3回「サラリーマン社長としての苦悩」(全4回)

By • 11月 6th, 2009

今や世代を超えて定着しているモバイルツール。それを支えるコンテンツ産業のうちで、欠かせない一つの要素として、ゲームをはじめとするエンタテインメントがある。今回の「次代に伝えるブログ」では、モバイル市場の創成期に1コンテンツで会員数400万、会社売上年間80億円以上をたたき出したバンダイネットワークス㈱を設立し、初期代表取締役を勤め、現在はモバイルコンテンツ開発から自社商品販売、また商品開発などのコンサルティングを手がけるビー・ナチュラル株式会社の代表取締役である林 俊樹氏に、モバイルコンテンツ黎明期から現在に至るまでのさまざまなエピソードを語ってもらった。

第3回 「サラリーマン社長としての苦悩」
顧客からのクレームを24時間受ける部門の部長として、部下のモチベーションを高める為にも新規事業を捻り出し、営業をかけていく中でNTTドコモと出会い、そこからモバイル業界へと足を踏み入れることになった林は、その後、一躍サラリーマン社長として大ヒットを生み出すチームを率いる存在となった。
急転直下ともいえるこの展開の中、一人のサラリーマンとしてどのような歩き方をしてきたのか。

「もともとバンダイネットワークスは、ピピンという事業の撤退部門としてスタートしています。ピピンがどのようなものかというと、アップルのCDプレイヤーを切り出してゲームも出来る商品として販売するといったものでした。当時バンダイはこのピピン事業の清算に、バンダイ・デジタル・エンタテインメントという子会社をつぶし、200億以上の損金を出したのです。僕の部門は、もっぱらピピン事業からの撤退処理が仕事で、市場からのハード・ソフトの商品在庫の返品要請や、本体用のチップの処理問題を引き受けるという部隊でした。
その中で新しい事業としてi-modeのコンテンツの流れにものり、I-modeスタート時のコンテンツ68社の中で、唯一のエンタテインメントコンテンツをバンダイが仕掛けたわけです。他のコンテンツは新聞や金融などのコンテンツが主流の中で白黒の4階調の液晶画面でも、それに乗ったエンタテインメント企業はバンダイだけだったのです。結果的に、そこで仕掛けた「いつでもキャラっぱ!」は会員数400万人、売上にして48億のヒットになりました。会社としてはその他ゲームなども展開し、年商にして84億を稼ぐ会社になったのです。」

撤退事業の進行中に社員の中に漂う閉塞感を打破する為に新規事業の営業をかけた先に、当時まさに夜明け前のi-modeがあり、その出会いを生かして、コンテンツでヒットを飛ばし、グループ内でも時代の寵児となった林だが、その成功の後半に林は同社を退社することになる。

「前回もお話ししましたが社内の政治的な部分に関してはめっきり苦手なタイプでした。退社の理由には私の不徳と合わせ、根本的な原因がいくつかあります。
その一つが僕が『外様』だからということがあると思います。私はバンダイに最終的に18年程いましたが、時の常務に『お前はバンダイの人間じゃないからなあ。』といわれ、目が点になりました。その常務いわく『3年目は新卒でもバンダイの人間だが、中途のお前は17年いても外様だ』というわけです。ショックでしたね。

また、外様の私が社内でいきなり売上を上げることによって当然周りの目も非常に厳しくなりました。よくOBで私のような中途採用組を可愛がって『林を常務にしてやれ』というような冗談を言ってくれる方もいましたが、結果としてそれは私を殺しますよね(爆笑)。よく同年代のメンバーから『林、そのビジネスはお前じゃなきゃできないの?』と微妙な問い合わせを言われたりしてました。
「俺しかできないよ!!」という言葉は当然、飲み込みましたが…(笑)
ピピンの撤退部門として十数名で始めた際には立ち上げのメンバーで『MBO(マネジメントバイアウト)してもよい』とまでいわれていたのですが、売上がいきなり上がってからは誰もそんな話はなかったようになるし、約束のテーブルにさえついてくれませんでしたね(笑)。
そんなエピソードを重ねていく中で私も生意気な年齢だったこともあり、退社することになったわけです。」

約18年間在籍した会社の中で、マイナスから事業を立ち上げ成功させ、それでも、その会社の一員として認めてもらえないという体験は、社長とはいえ子会社のサラリーマンという認識でいた林にとってどんな思いだったか、想像するに余りある。そんな経験をして退社をした林が、「会社」という組織について持つ「ある視点」についてこう触れた。

「そんなふうにしてバンダイをやめて、今思うことがあります。昔は全くそんなことを考えたこともありませんでしたが、企業を見る時に『本人が望めば定年までいることができる会社は、やはりいい会社だ』と思います。というのは、僕たち人間は全員年を取るわけですから、ベテランが使ってもらえるかどうか、首にならないかどうかも、大事な尺度だと思うに至ったからです。

また、バンダイという会社がオーナーカンパニーであったときは、本当にいい会社だったと思います。
私は創業者一族の山科社長のときに、『これからのゲームはネットワークでの配信になる』といった主旨の社内論文を書いたのです。推察ですが、これが開発好きだった社長の目に留まり、それから都度新しいビジネスなどを始める際に社長に指名で呼ばれるようになったのです。そんな中、バンダイが通信衛星を使った衛星放送を立ち上げた際にも課長として担当し、番組を立ち上げ、営業をやって全国のケーブルテレビ局を回ったり、色々と新規事業をやる中で、自分は開発者と言う自負はあったのですが、ある時突然、社長室長になったのです。」

林は軽快な語り口でバンダイ在籍時のエピソードを語るが、その1つ1つを真剣にやってきたからこそ、冒頭の「外様発言」に対する思いがどんなものだったか想像できる。

「オーナーカンパニーの良さは『人を殺さない』というところでしょうか。どんなに逆鱗に触れてもリターンマッチのチャンスがくる。オーナーにしてみれば部下を殺してしまっても意味がないし、自ら大株主ですから首になる心配も、ライバルもいない。その意味でもその会社独自の処世術みたいなものがあるとは思いますが、それはそれでオーナーカンパニーの良さなのではないか、と当時を振り返ってしみじみ思いますね。」

そう語る林自身も、今は社長として自らの部隊を率いている。社内的な政治に関しては苦手だったと語る彼が率いる組織とはどんな組織なのかが興味深い。
次回の最終回では、林がバンダイにおいてモバイル事業に参入するきっかけにもなったピピン事件や、オーナーとの関係を表すエピソードなどにも触れつつ、林が考えるこれからの時代についての考えを聞いてみたい。

(つづく)

VN:F [1.8.7_1070]
この記事に評価をお願いします。
Rating: 10.0/10 (2 votes cast)
VN:F [1.8.7_1070]
Rating: +1 (from 1 vote)
ビー・ナチュラル株式会社 代表取締役(元バンダイネットワークス(株)代表取締役)林俊樹氏第3回「サラリーマン社長としての苦悩」(全4回) 10.0102
 

Leave a Comment

You must be logged in to post a comment.

« 第十七回『次代の会』開催のご案内 | Home | インタビュー 株式会社アルフレッドコア 代表取締役社長 上村学氏 第3回「臥薪嘗胆 唯我独尊」 »