ダイキサウンド株式会社 代表取締役社長 清川 達也氏 第1回「人生の転機は子育て」(全4回)
ネットによるビジネスモデルの変革は語るまでもなく、かつ市場としてその存在をどの業界も無視できないが、中でも音楽業界は最もその影響を受けた業界の1つであるといえるだろう。今回の「次代の会講演ブログ」は、大きく変革した音楽業界の中で1999年に創立され、2004年にはジャスダックへ上場したダイキサウンド株式会社 代表の清川 達也氏に語ってもらった。清川氏は今年2009年5月に同社の代表取締役に就任したばかり。インディーズ(独立系の)レーベルと連携した流通システム事業の他、音楽配信など事業展開していている同社を、業界全体の変革期のなかでどう舵をきっていくのか。清川氏の半生と併せて追ってみたいと思う。
第1回「人生の転機は子育て」
清川は今年で44歳。仕事柄もさることながら、その若々しいルックスで、失礼だが上場企業の社長というよりは、アルバムを制作するプロデューサーやサウンドディレクターのような印象を受けた。本人いわく「年齢あてクイズのネタにされるんです」と屈託なく笑う。どのような運命の流れで彼はダイキサウンドの代表として私達の前に立っているのだろうか。彼の出自から辿ってみたいと思う。
「私は1988年大学を卒業し、最初にNECの子会社に就職し、衛星放送やCATV(ケーブルテレビ)の事業に携わりました。その後も1992年から2000年まで衛星放送のプラットフォーム事業に関わり、衛星放送事業に関しては殆どやることはやったという思いでした。その後MTVを運営しているミュージックチャンネル株式会社(現エム・ティー・ヴィー・ジャパン株式会社)の当時の社長から電話をもらい『音楽とインターネットをやらせてもらえるなら』と就職し、そのままいうVIBEという会社を立ち上げ、代表に就任しました。
時は2000年、当時私が関わりはじめた頃はまだi-modeも海のものとも山のものとも分からないというものでしたが、ラッキーなことにその後i-modeなどが非常に盛り上がってくれたので、当初はシステムが動かなかったりしたのですが、4ヶ月以降は単月黒字を達成し、その後は順調に最初の目標であった『音楽とインターネット』の生活を送りました。
その後VIBEがバンダイネットワークス(現バンダイナムコゲームス)の子会社となったのが2005年くらいでした。今でもVIBEはグループの中でも健在しています。その同じころ私には子供ができ、かつ厄年を迎えようとしていました。
友人から聞いた言葉で『厄を落とすのには何かを辞めたほうがいい』といわれ、『そうだ、社長をやめよう』と(笑)。その後は妻と一緒に子育て中心の生活を送っていました。子育てにスイッチを切り替えることができてとてもよかったと思います。」
社長として会社を立ち上げ、i-modeの隆盛に伴い急成長の実績を残したにも関わらず、子育てを機に辞任を決意したという清川。子育てから社会復帰した彼を待っていたのが「ダイキサウンド株式会社」の代表としての席だった。しかしその社長就任の経緯について、彼の口から驚くようなエピソードが飛び出した。
「手伝うようなつもりで関わりはじめたのが『ダイキサウンド』です。今年の4月終わり頃、突然社長就任の依頼を受けて、了承したのも束の間、管理部に写真を出してくれと依頼を受け、バタバタしている中である日友人から『山手線で隣の人の日経新聞にお前の顔が載ってるぞ』と。慌てて日経新聞を探すありさまでした(笑)。」
ここで清川が就任したダイキサウンドについて彼の言葉から触れてみたいと思う。
「皆さんどれくらいの方がご存知か興味あるところですが、アーティストの中には現在メジャーレーベルで輝かしい実績をもつバンドもあります。彼らがインディーズ時代には弊社で流通していたバンドもあり、人気が出てきた後に卒業してメジャーレーベルへ移籍したアーティストも多くいます。インディーズは当初販売枚数が100枚、200枚から数万枚という規模にまで発展していくのですが、その彼らを当初支えたのがダイキサウンドだったと思います。弊社は1999年設立で2004年にジャスダックに上場していますが、私はインディーズは、企業でいえばベンチャー企業のようなイメージで捉えています。
ご覧頂いている弊社の業績を見て頂くと分かるように、2004年上場した当時は、CDショップに『インディーズコーナー』ができたくらいでしたが、その後赤字続きの状態です。そんな会社の仕事を引き受けることになった経緯を少し詳しくお話ししたいと思います。」
インディーズレーベルの流通事業を営む同社がブームの隆盛にも乗って上場した後、音楽業界の変化の波のなかで業績は悪化の傾向を辿ってきた。そんな状況を知りながら清川は同社の代表に就任した。なぜ敢えてそのような状況に彼は立ち向かうことを決意したのかを次回にむけて語ってもらおうと思う。
(第2回に続く)
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