株式会社アイネット 代表取締役会長 池田典義氏 第1回「時代の要求による起業」(全4回)

By admin • 12月 20th, 2009

戦後の日本経済を語る上で、高度経済成長下におけるモータリゼーションの発展が日本経済に与えた影響力はいわずもがなであるが、その動力であるガソリンをはじめとする燃料供給の関連業界も大きな発展を遂げてきた。
今回の次代の会は、そのモータリゼーションの隆盛に沿って急増したガソリンスタンドの事務管理と運用を担うシステムを開発運用する株式会社アイネット(元株式会社フジコンサルト)を設立し、一代で東証一部上場を成し遂げた同社代表取締役会長の池田 典義氏の軌跡を辿ってみたいと思う。

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株式会社アイネット 代表取締役会長 池田 典義氏

第1回「時代の要求による起業」
池田氏は1940年栃木県出身。自ら「アラカンプラス10なのです」と冗談を飛ばす気さくな人柄だが、その顔色はまさに健康そのもの、非常に精力的な印象を受ける。大学時代は山岳部に所属する山男だったそうだが、そんな彼が当時まさに曙を迎えようとしていた石油関連業界にどのように足を踏み入れることになったのか。

「私が大学を卒業したのは1963年、まさに高度経済成長期真っ只中。とはいえコンピューターが通産省にようやく導入されたばかり、また、自動車関連業界もモータリゼーションがスタートしたころで、トヨタのパブリカなどの大衆車が登場し、ようやく一般の人々にも購入できる時代が到来しつつある、そんな時代でした。

私は山男で山登りばかりしていましたから就職活動もあまり熱心でなかったのですが、そろそろ仕事を探さなければと思い、たまたま大学の就職部の掲示板でモービル石油㈱の求人票を見たのです。モービルは当時スタンダード・バキューム・オイルという会社が独禁法違反によりエクソンと分割されたばかりで、指定校制度によって全学部の募集をかけていました。

今と違って会社名を誰も知らず、私自身も石油会社が何をしているのかすら知らない、そんな有様でしたが、給料が大卒の初任給が17,000円か8000円である当時、26,000円という破格な提示金額だったのを見て、受験することを決めました(笑)。
入社試験は数学と英語、英語は私が田舎育ちの為、発音が悪く苦手だったのですが、たまたま知っている単語が出てめでたく合格した、そんな感じのスタートでした。」

今の時代では考えられないほど恵まれた状況下での社会人スタートであったわけだが、その当時まだ未知の領域である石油関連業界に目をつけた池田に先見の明があったことはいうまでもない。

「モービル石油には結果的に営業として勤務していましたが、成績は毎年前年比15%アップするといった具合で、『黙ってても伸びる』といっても過言でないくらいにとにかく順調でした。モータリゼーションの浸透により、それまで富裕層向けだった車がサラリーマンでも購入できるようになり、燃料であるガソリンも殆どが掛売りだったのですが、一般の人が現金でガソリンを買う時代へと変化していったのです。当然各地でガソリンスタンド(以下GS)の数も急増していったので、業績がいいのは当たり前でもあったのですが、あまりにも恵まれていて暇だったので(笑)、さらにGSが儲かる仕組みがないだろうか、ということを考えはじめたのです。

当時のGSは1つの事務所に女性事務員が5,6名おり、顧客管理は手作業で行うような状況でした。しかもガソリンは同じ商品でありながら価格がバラバラだったのです。この管理業務を軽減する仕組みといえばPCによる顧客データベースの構築が、合理性、正確性、スピードの面において必要だったというのは当然の帰結なのですね。
しかしPCははじめオフコンすらない時代です。ましてGSに大型コンピューターの導入など夢のような話でした。」

石油元売の営業マンとして順調すぎる結果を残し「暇」だったという池田は、その顧客であるGSの為に更なる利益が出る仕組みを考えはじめ、モービルでの8年間の在籍後、現在の株式会社アイネットの前身である㈱フジコンサルトを設立することになる。

「時代の要求だったと思います。顧客であった各地のGSオーナーさんの集まりである協同組合にPC導入による事務合理化支援事業を提案したところ、皆で賛成してくれたということで、POSメーカーである立石電機さん(現オムロン株式会社)とGSのPOSシステムを共同開発しました。当時そのシステムは1台が250万だったのですが、それを100台発注しました。しかし当初導入に賛成してくれた協同組合の方が開発した後に消極的になってしまい、それなら自分でやるしかない、と起業を決意したのです。」

各地に林立し始めたGS1つ1つにPOSシステムを導入というイメージを浸透させるには困難な時代である。賛成してくれたGSオーナーの声を支えに開発したシステムの開発後、皆が尻込みしてしまったというのも無理はなかったのかもしれない。しかしそれは池田にとって大きな危機を意味する。
そんな状況下においてあえて起業を決意した池田に、経営者としてのベンチャースピリットがなければ、同社の今日の隆盛は存在し得なかったに違いない。

その結果フジコンサルトが導入を仕掛けたPOSシステムは、日本全国のGS4万のうち50%の2万箇所のGSのシステムとして、圧倒的なシェアを獲得するに至る。
ただしどれだけ時代の波に乗った、時代の要求であったといはいえ、それだけでは全国シェアの半分を抑えるような大事業を成し遂げることはできない。
そこに池田自身の経営哲学が深く浸透していたからこそ、成しえたものである。
次回からは、その大成功を成し遂げた氏の経営哲学を掘り下げ、検証していきたいと思う。

(第2回へ続く)

敬称略 取材・執筆 次代の会 柳澤 史樹

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