株式会社アイネット 代表取締役会長 池田 典義氏 最終回「人間力」(全4回)

By • 1月 22nd, 2010

戦後の日本経済を語る上で、高度経済成長下におけるモータリゼーションの発展が日本経済に与えた影響力はいわずもがなであるが、その動力であるガソリンを主とする燃料供給の関連業界も大きな発展を遂げてきた。
今回の次代の会は、そのモータリゼーションの隆盛に沿って急増したガソリンスタンド(GS)の事務管理と運用システムの開発・運用を行う株式会社アイネット(元株式会社フジコンサルト)を設立し、一代で東証一部上場を成し遂げた同社代表取締役会長の池田 典義氏の軌跡を辿ってみたいと思う。

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株式会社アイネット 代表取締役会長 池田 典義氏

最終回「人間力」
アイネットの事業は、当初GSのPOSによる業務管理システムを礎に同社は現在に至るまで、その事業領域を拡大し続けてきた。今回の最終回では、アイネットのこれからの事業の方向性について語って頂きながら、同社を率いる池田氏の「人間」について触れてみたいと思う。

「アイネットは現在に至るまで、礎になった石油業界をはじめ、小売サービス、製造、金融、通信・放送・出版、建設・不動産、製造、官公庁など、非常に多くの業界、業種のお客様の立場に立ち、大きく分けるとアウトソーシング分野とシステム企画・開発分野という2つの大きな柱で事業展開をしてまいりました。

アウトソーシング分野においては、自社で保有する第1データセンター(1998年稼動)に続き、時代の新しいニーズである仮想化、クラウドコンピューティングといったニーズに対応するべく、計画、完成させた第2データセンター(2009年6月稼動)を活用し、「VAiOS (Virtualization All in One Services) 仮想化オール・イン・ワン・サービス」を提供してまいります。

また、システムの企画・開発分野においては、各種業務システムの構築をはじめ、携帯電話の組み込みソフトウェア開発や、宇宙開発の分野における人工衛星のシステム開発なども受託しています。」

同社が各業界の業務アウトソーシング事業を展開する上で、データセンターの稼動は必要不可欠なものとして早くから計画、推進されてきた。1998年稼動の第1データセンターが満床に近づいた為、2009年6月に稼動を開始した第2データセンターの規模は、第1期分だけでもサーバルーム3フロア、1000ラックという非常に大規模なものである。
この新しいデータセンターは、企業のシステム運用を効率的に行うために、サーバを複数稼動しているように見せる技術である「仮想化」を実現することがコンセプトとして造られた。またこの仮想化技術は、ユーザー企業が自社サーバを保有せずに、ネット経由でソフトウェアを利用できる「クラウドコンピューティング」の実現に大きな役割を果たすことになる。
同社がこれからの方向性として掲げている「VAiOS (Virtualization All in One Services) 仮想化オール・イン・ワン・サービス」は、現在加速しつつある仮想化の導入、運用に際して、すべてのサポートを同社が受託して行うサービスで、まさにこれからの時代のニーズに対応する為に同社の大きな事業の柱となっていくであろう。

このように時代のニーズに応じ、顧客の立場でサービスを提供してきた結果、アイネットは従業員1700名を超える大企業となった。同社を設立、牽引し現在では会長となった池田氏本人に話を戻し、氏が自身の活動として目指しているものや、その方向性について語って頂き、この章を締めたいと思う。

「今は立場的なものもあり、いくつかの公職についています。その根底にあるのは、『この業界全体のプレゼンスを向上したい』という想いなのです。」

氏は現在、(社)神奈川情報サービス産業協会(KIA)会長をはじめ、神奈川ニュービジネス協議会 会長、(社)情報サービス産業協会(JISA)常任理事、(財)神奈川県体育協会 副会長など、実に様々な業界団体の公職を、同社会長職と兼務で行っている。

その全てが業界全体のプレゼンス向上であり、同社のCSR活動の一環とはいえ、そのバイタリティとエネルギーには大きな感銘を受けざるを得ない。ちょっとうがった見方をすれば、このような公職は、名前だけの場合もあるが、池田氏が語ったのはまさにこの業界の発展に対する「熱い想い」だった。

「正直申し上げまして、私が会長を務める(社)神奈川情報サービス産業協会は、アイネット以上に親しみを覚えます(笑)。私が4代目の会長に就任してからは、心の若い人を理事にすること、女性の活躍できる場所にしたいということを心がけ、副会長はじめ、女性の理事を増やしたりしました。そして彼らに私が実現したい会のポリシーをしっかりと話して伝えていったのです。そのように色々な努力をした結果、加入社数は177社から333社まで増えました。

協会の主な活動として、10大学に寄付講座を提供、運営しています。業界のベテラン社員を講師として各大学で我々の業界について講座を開き、学生さん達に色々なノウハウを伝授しています。

それとは別の取り組みとして、大学を卒業後就職して3年の間にその3割が辞めてしまうという現実を鑑み、次のチャンスがない若者の為に再び就職できるようにサポートする活動も行っています。

また、会の活動を加入社の経営者だけでなく、社員の集まりとして打ち出し、夏には800名以上も集まる地引網をやったり、大きな会場でクリスマスパーティーを開催したりしています。さらに、小学生の子供達を対象に「ぼくたち、わたしたちの未来の世界」という将来の情報化社会の夢をテーマにした絵を描いてもらう「夢絵コンテスト」があります。今年で14回目となりますが、本当に素晴らしい作品が毎年1万点以上も集まり、表彰式には神奈川県知事も出席してくれるような大きなイベントへと発展しました。

全てはこのように希望を持ってこの業界に進み、そして豊かな未来を創っていくことができるようになる人を育成するためのお手伝いが、私のライフワークだと思っているのです。
その意味では次代の会の活動も積極的に支援していきたいと考えているのですよ。」

池田氏ほどの人物になると、会社経営者としての責務に限らない社会的使命を求められるステージへと変化してくるのだろうが、それが本当に他の多くの人を巻き込んだ運動になるかどうかは、牽引者である氏自身が情熱を持っていなければ、到底実現するのは難しい。
その意味では、氏がこの講演を通じて最も熱く語ったのはこの人材育成支援に関する活動についてだった。

同社の軌跡の中で「知名度・信用度の低さ故非常に苦労した経験から、社内教育には力を入れ公明正大な会社を目指して努力し続けた結果、1995年4月に店頭市場(現JASDAQ)に株式公開を果たし、2006年3月には東証1部上場も実現させました。」と語る氏にとって、未来に向けた人材育成のための支援活動への想いの強さは、若い頃に自らが体験した苦しさを知るからこそなのかもしれない。
そしてそんな苦労をしながらも、大きな病気もせず毎日の激務にも耐えうる丈夫な体に感謝すると同時に、経営の局面で都度難局を乗り切ることができた「運の強さ」を感じずにはいられないと氏は言う。

同社の大きな成功は、さまざまな状況の助けや時代のニーズがあったにせよ、氏がもつこの「人間力」が最も大きな要素となっているに違いない。氏の熱く語る言葉を聴きながら、そんな風に感じた。

(了)
敬称略 取材・執筆 次代の会 柳澤 史樹

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