日本ヒューレット・パッカード株式会社 取締役執行役員 井上修氏 最終回「世界への気概」(全4回)

By fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp • 2月 22nd, 2010

現代社会において、全ての企業活動は、法律や司法に伴う、法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュースは、法務の重要性を一般市民の間にも浸透させるに至っている。

今回次代の会では、その法務業務のスペシャリストである日本ヒューレット・パッカード株式会社 取締役であり、知財・法務統括本部長である井上 修氏をお招きした。法務という仕事について語って頂きながら、氏自身の人生観などを併せて追ってみたいと思う。

最終回 「世界への気概」

シリコンバレーから帰国後、仕事のやりがい、おもしろさを求めてベンチャー企業に就職した氏は、その後錚々たる大企業の法務を中心にしたキャリアを積み重ねていく。その経験も全てが氏にとってよいものばかりだったとはいえないところに、今まで取材した多くの経営者と同じような人生の軌跡を垣間見ることができる。

「ベンチャーの後には米国系ネット通販の会社に入社しましたが、ベンチャーの中で自分たちが会社を動かす面白みを知ったので、アメリカの100%子会社で働くことに違和感を感じ、1年で転職しました。そのときに貰っていたストックオプションの付与価格は数ドル、今は140ドルくらい(笑)捕らぬ狸、ですが数億損しています。本当にバカですね。

その後3ヶ月ほど事業再生のコンサルをした後に携帯会社と米国系メディア企業の合弁会社に転職しました。以前に富士ゼロックスの合弁企業に在籍した経験を買われ、双方の会社の調整役としてビジネスモデルを構築しました。

しかし市況が変わってしまい、合弁解消に伴う手続きを完了した後に、今度は米国系コンピューターに移りました。ここはひたすらきつかったですね。会社に夜11時までいて当たり前の生活でした。当時の転職条件はそれまでのポジションで疲れきっていたこともあり「法務にトップがいる」ということだったのですが、入社後にそのトップが辞めてしまったのです。過少人数でオペレーションする会社だったので、まさにバーンアウト、燃え尽きてしまった感がありました。

 その後、外資の通信事業会社に少しの間在籍をしましたが、やはり通信は国のセキュリティの要でもあり、ビジネスとしての展開には限界を感じざるを得ませんでしたね。そしてその後ようやく現在のヒューレット・パッカードに来たわけですが、実務からマネジメントを中心にした業務に重心を移したポジションにつくことができるようになりました。」

これだけ多くの会社で転籍しながら現職に至るまで、どんな意識で彼は歩いてきたのだろうか。

「苦労はしてますよ。でも苦労をしているという自覚がないのが特徴的ですね。これも以前にもお話した挫折を挫折と感じないというのと同じような感覚です。やることをやってきたら今に至っただけだと思うのです。」

そのような軌跡の後にたどり着いた現職である取締役・法務の最高責任者としてのキャリアについても語ってもらった。

「さすがに取締役という役職は、契約書を書くのがうまいから取締役に、というわけにはいかないですよね(笑)。外資系の取締役というのは日本の国内企業におけるそれとは全く意味合いの違うもので、出世の末に手に入れる、というキャリアではないのですが、それでも私は取締役として経営にも携わっています。また法務のトップですから、今後の展開としては所属しているリージョンで、国境を越えて法務サポートをおこなう、といったリージョン化の仕事に移行してくると思うのです。」

 世界的なマーケットをシェアにもつ多国籍企業ならではの事業領域、キャリアパスが氏には求められているそうだが、氏は自らの方向性についてもまた違った考えをもっているようだ。

 「今現在は次に自分が進むべき方向性を思案しているといった状況です。どちらかというと、一昨年インターカレッジの交渉コンペの審査員として呼ばれた経験などが非常に面白かったこともあり、今までの経験を教育の分野で活かしていくのも面白いかもしれないと思っています。

大学生や大学院生など真剣にプレゼンする姿が純粋に可愛いと思いますし、応援してあげたいと感じます。まだ具体的ではないですが、今後はそのような方向性も考えてもいいかな、と思っています。しかも地方都市かなにかでやれたらいいですね。精神的に落ち着きたいのかな(笑)。」

 氏のように実務経験を通じて蓄積されたナレッジを伝えたい、という想いを、学生は敏感に感じ取るのであろう。氏を審査員として逆指名したかった、という声が多く聞かれたそうだ。

最後に氏は、次代の会に参加している経営者に向かって応援メッセージを伝えてくれた。

「とかく経営者は自分がNO.1だと思いがちなので、外にいる人と積極的に交流していくことが必要だと思います。気持ちの上でオープンマインドであること、外の情報を受け入れていくこと、そして人の意見を聞く姿勢を態度で表すこと、これは非常に大事だと思います。

また、今の日本の状況を鑑みるに、以前にも増して日本の人材はアジアをはじめ世界を目指して積極的に展開していくべきだと思います。昨年、法律に関する国際会議に参加したことがありますが、議論をリードしている30代のアジアの優秀な人材を多数目撃しました。本当に皆優秀なんです。それを思うとこのままでは日本はまずい!という危機感を感じました。日本人のもつポテンシャルを私は信じていますから、大きな視野で情熱をもって世界に出ていく気概をもっていってほしいと思っています。」

 「挫折」を「挫折」と感じず、「苦労」を「苦労」と感じずに無我夢中で歩いてきた自らの軌跡を追うように、氏の想いを引き継ぐ若く優秀な経営者が現れるであろうが、その日までには、今しばらくの時間がかかるかもしれない。

多くの経験から蓄積されたナレッジや、熱い想いを多くの若者に伝えるミッションがある以上、周りが簡単に氏を落ち着かせてはくれないはずだ。若者の可能性を嬉しそうに語る氏の目を見ながらそう感じた。

(了)

敬称略 取材・執筆 次代の会 柳澤 史樹

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