アルファグループ株式会社 代表取締役社長 上 岳史氏 第1回「カッコよさにこだわる生き方」(全4回)

By fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp • 3月 2nd, 2010

企業活動を行う上での生命線は業界・時代を問わずに「営業力」であることはいわずもがなである。その形式はさまざまであるが、モバイル事業、オフィスサプライ事業、ウェブマーケティング事業、人材事業などの「営業」に特化した事業展開で、日本初の「営業商社」を目指すアルファグループ。
今回の次代の会 講演ブログは、大学在学中の1994年にグループの前身となる株式会社プラスアルファを設立し、その後事業拡大とともに組織改変をしながらアルファグループ株式会社を設立、2004年には同社をJASDAQ市場へ上場させ、現在に至るまでに関連会社含め4社のホールディング制をとりながら成長を続けている同社の代表取締役社長 上 岳史氏の軌跡を辿ってみたいと思う。

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アルファグループ代表取締役社長 上 岳史氏

第1回「カッコよさにこだわる生き方」
上氏は今年38歳。見た感じは非常に若々しいが、話し方には落ち着きが感じられる。ビジネスの場で多くの経験を重ねてきた、といった第一印象である。氏は大学在学中に同社の前身である㈱プラスアルファを起業したということだが、起業家としての出発点は何だったのだろうか。

「最初の大きな人生の転機は、高校中退でしょうか。上場企業の社長の中で高校中退の経験をもつ人間はそうそういないと思いますが、私は高校を2年で中退して、アメリカに留学しました。
私は中学時代から「カッコよさ」にこだわっていて、当時のそれは「BMWで彼女を迎えに行く慶(應)大生になる」ということでした(笑)。しかし高校時代に遊びすぎてしまって、慶應大学に行くため気持ちを切り替えて勉強しようにも、なかなか周りの仲間と付き合いがきれない。そこで、アメリカに留学すれば勉強に集中できるし、慶應をめざすサクセスストーリーを描けて箔もつく、と(笑)。そんな理由から、思い切って高校中退してアメリカへ向かったのです。

 留学先はカリフォルニアの片田舎の高校でした。そのまま2年生に編入したでは、帰国してから再度日本で高校に戻らなくてはなりません。スキップ制度というものがアメリカにあることを聞いていた私は、面接の際先生にプレゼンしたんです。『自分が日本で通っていた高校は東京でも有数の進学校で、この高校の2年生の内容は全て履修済みだ。ついては3年に編入させてくれ』と。運よくプレゼンは成功し、3年に編入することができました。アメリカには1年間滞在して帰国しました。そんなわけですから、高校は日米あわせて実質2年と2ヶ月の在籍。1年と短期間ではあったものの、留学中周囲の仲間ともコミュニケーションは取れていたと思います。」

冒頭に受けた「落ち着いた印象」とは少々異なるエピソードが飛び出し、ギャップは大きい。
ただ、自らが定めた「カッコよさ」の追求の為に即座に留学を決意し、留学先の高校でのスキップ編入を成功させたりするあたりには、常に結果を出す人間が共通して持つ「行動力」と「決意」、「努力」が感じとれる。帰国後大学在籍中に起業をするわけだが、入学したのは果たして慶應大学だったのだろうか。

「1年の留学を無事終え、帰国した後に慶應を受験したのですが、受けた学部は全て落ちました。
結局一浪して上智大学に入学しました。常に前を向き、次の『カッコいい』ステージを探して行動するのが私のモットーです。そして見つけたステージは、『大学在学中に起業する』ということでした。起業し、株式会社を作るために1,000万が必要だと誰かから教えてもらった私は、がむしゃらに働いて在学中にそのお金を貯めることに成功しました。その上、夢だったBMWもキャッシュで手に入れることができました。
1,000万円貯めた手法というのは、SP専門の広告代理店のような事業です。自分と同年代の若い子向けにサンプリングやアンケートをしたりする、代理店のおままごとレベルの内容でしたね。その後、大学4年で正式に起業をしたのです。

起業の際にやろうと思っていたことが3つあります。
1つは『いまやれることをやろう』ということです。これはまさに起業前にやっていたおままごとレベルのものを形にしてビジネスとして展開することです。
2つめは『語学学校』。当時、大学にはアジアからの留学生が多くいたのですが、彼らは自国では裕福な家庭の子女だったり国費留学生だったので、非常に優秀だった。にも関わらず、アルバイトの仕事があまりなかったのです。私はアメリカにいた頃に現地のアニメ好きな友達に日本語を教えてお金をもらった経験があったので、日本でも同じようなビジネスモデルで、人のマッチングをしたらいいんじゃないか、と思いついた。そこで当時東京にいた留学生の殆どに登録してもらって、生徒と学生のマッチングを行いました。
3つめは『ベトナム関係の仕事』。語学学校の先生の中に、ベトナム人で現地に非常に大きなネットワークをもっている人がいて、その人を役員に据えてベトナム関係の事業を展開しました。」

このあたりから氏のバイタリティとその行動力に基づいた事業がスピードを上げ、事業家としての片鱗を見せ始める。時代はバブルとはいえ、ニーズを見抜く先見の明があったのだろう。

「うまくいえば仮説ですが、殆ど妄想に近いともいえます。当時はとにかく、何がお金になるのだろうということを真剣に考え抜き、一生懸命やりました。当時は、今と違って学生ベンチャーとして起業する人はほとんどいませんでしたね。」

そうした時代背景の中で起業した氏は、3年半もの間、月給15万、ほとんど会社に泊まりこむ日々を過ごしたという。次回はいよいよ本格的に事業展開を始めてから上場するまで、氏ならではのカッコよさをどう具現化していったのか、そのエピソードを語って頂こうと思う。

(第2回に続く)
敬称略 取材・執筆 柳澤史樹

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