SIP株式会社代表取締役社長(元株式会社デジタルガレージCOO)齋藤茂樹氏 第3回「日本のITベンチャーの曙からSIPでのスタートまで」(全4回)
「現代の産業革命」とも称されるインターネットの隆盛。その誕生に立ち会い、黎明期を支え、そして成長への道筋を作ってきた立役者がいる。今回の次代の会 講演ブログは、NTT民営化の第1期生として入社、その後日本市場で数々の大規模インターネットソリューションの事業化展開を行い、現在は次代を支えるベンチャーを支援するベンチャーキャピタル「SIP株式会社」の代表取締役社長 齋藤茂樹氏の軌跡を辿ってみたい。

SIP株式会社代表取締役社長 齋藤 茂樹氏
第3回「日本のITベンチャーの曙からSIPでのスタートまで」
自らのベンチャーへの夢をアメリカで実現するべく、骨を埋める覚悟でマサチューセッツ工科大学(MIT)の留学を勝ち取り、実際にインターネットベンチャー企業で多くの経験を積んだにも関わらず、氏はアメリカでの就職はせずに、日本に帰国することになる。氏曰く「泣く泣く」の帰国だったということだが、そこにはどんなドラマがあったのだろうか。
「MITの留学が決まり、渡米するときには日本を捨ててアメリカで勝負するつもりで、家財道具一式も売ってしまい、家も畳んで向こうに行ったのです。MIT卒業後にはシリコンバレーからボストン、ニューヨークなどのベンチャー企業やベンチャーキャピタルをポストがないところも含め積極的に回りました。
その中であるベンチャーキャピタルの面接の折、『ベンチャーキャピタルは最後にくるところだ』という象徴的なアドバイスをもらいました。それはベンチャーという山を登るにあたり、アーリーステージ(創業段階)のインターネットベンチャーを極めるか、またはレイター・ステージ(安定期)にファイナンスのアナリストとして入るか、という2通りの道があるというものでした。
私自身は技術者であるわけでもなく、ファイナンスの人間でもなかったので、前述のアドバイスを踏まえて創業期のインターネットベンチャーを極めようという方向でいこうと決意し、正直『泣く泣く』ではありましたが『I shall return 』の気持ちで、インターネットを身につけるために当時日本とヨーロッパで事業立ち上げの人材を募集していたネットスケープに入社、帰国することにしたのです。」
当時ブラウザのシェアでネットスケープナビゲーターは90%を超えてはいたものの、マイクロソフトのインターネットエクスプローラー、IE4.0がそのシェアを拡大しつつあった。そんな市場の中で、氏はまさに外資系ベンチャーの洗礼を受けることとなる。
「帰国後の仕事はすべてアメリカ本社のインターナショナルチームの一員として、バナー広告の販売を電通さんと一緒にやったりしました。ネットスケープのアメリカ本社のチームはつわもの揃いで、彼らにグリグリに鍛えられながらの仕事でした。
最終的にネットスケープはIEの猛追を受け、オープンソース化してしまうわけですが、その後のリストラが凄かった。世界中で4分の1が対象になったのです。たまたま私が渡米中にリストラの現場に遭遇しましたが、朝通知されてお昼までに荷物をまとめ退社し、その後はインサイダーの関係でパソコンも触れなくなってしまうのですね。
日本でも同様に実績に関しては非常に厳しく、同社の社長でもリストラの対象となり、夏休み明けの初出社日に現地から来た経営陣に20分間で解雇されたというようなエピソードを目の当たりにし、アメリカのハイテク産業の厳しさをひしひしと感じました。私自身も一時期はインターネットベンチャーのあまりの厳しさにこの業界をやめようと思ったことがないわけではないですが、ここで踏ん張ればその他の業界にいっても必ず活かせるだろうという考えでやってきました。
またインターネットの世界というのはアメリカ人が最も効率のよいロジックで構築したビジネスモデルで成り立っており、今メディアに限らずその他のベンチャーでもその考え方はベースになってきており、その他の業界もその要素を踏襲してきていると思います。
その後にインターネット広告推進協議会で知り合った㈱デジタルガレージ 共同創立者の林さんに誘われて同社に入社、大手企業さんに対して『何でもITのことはわかります』というアプローチを行い、ISP、広告、eコマースなどあらゆるIT事業を行いました。結果それがベースになって最終的に株式公開に至り、その後いろいろな事業の中で「価格.com」を未公開の段階から投資、それが現在中心になっているグループ化を実現するまでの約6年間を過ごしました。
その後、私自身は次の自分のベンチャーをどこに求めるかというのを模索し、自分なりに投資ビジネスに関して勉強したことを礎に、ベンチャーキャピタルを次のステージに定めました。そこでパートナーとしてJAFCO1期生でMUハンズオンキャピタルの社長として133億円を運用、関わった公開会社58社という実績をもつ白川さん(現同社取締役)という方と、日本のベンチャーに関する考えが意気投合し、父(齋藤篤氏 同社ファウンダー、取締役会長)が1996年に創業したSIP株式会社の4代目社長としてスタートすることになったのです。」
氏の実父である齋藤篤氏は、㈱JAFCO常務取締役として日本初の投資事業組合を設立したほか、日本アジア投資㈱、CSKインターナショナルを立ち上げた、いわば日本のベンチャーキャピタル業界創設者の一人である。そのような実績をもつ実父が創業したSIP株式会社の代表として日本のベンチャーに対して挑戦していくことは、氏にとっては自然な流れに沿ったライフワークなのかもしれない。
さて、いよいよ次回の最終回では氏の率いる同社の戦略、そして日本のベンチャーキャピタリズムに関するさまざまな検証、そして氏の思いを語って頂こうと思う。
エス・アイ・ピー株式会社 URL: http://www.sip-vc.com/
(最終回に続く)
敬称略 取材・執筆 柳澤史樹
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