株式会社ガイアックス 代表執行役社長 上田祐司氏 第1回「お好み焼屋で決まった起業」全4回

By fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp • 5月 24th, 2010

ウェブサイトの機能として、ブログと並び定着、主流を成しているといっても過言ではないコミュニティ機能。特にウェブ上で人と「繋がる」という体験が、現代人のコミュニケーションにおいて与えた影響の大きさは計り知れない。今回の次代の会 講演ブログは、ウェブコミュニティ開発大手で、名証セントレックスに上場している株式会社ガイアックス代表執行役社長 上田祐司氏にご登壇頂き、その起業からの軌跡を語って頂いた。

IMG_2297

株式会社ガイアックス 代表執行役社長 上田祐司氏

第1回「お好み焼き店で決まった起業」

同社の設立は1999年3月。社長の上田氏は1974年9月生まれだから、起業時には24歳だったということになる。この業界においてはある例ではあるが、氏の専門は技術ではなかったことを考えるとやはり早い。どのような経緯で彼は起業へと進んだのだろうか。

 「大学時代からやきいも屋からハンバーガー店まで、約30種類のありとあらゆるアルバイトを経験しました。そんな中で『商売っておもしろいな』ということに気が付き、大学卒業後は起業することを決めていたのです。

 大学卒業後、私は起業を目標に勉強、また資金を貯めたいと思い『起業家輩出機関』を標榜する株式会社ベンチャー・リンクへ入社したのですが、ここはまさに私の原点であるといえます。この会社は「起業家輩出機関」と標榜するだけあって、面接の時点で『何年で同社を辞めますか?』という質問がでるほど。そこが気に入って入社を決めたのですが、当時の社長曰く『独立起業する奴はほおっておいても仕事はするし、勉強もする、取引先の社長とも仲良くなる。こんな便利な人種はいない』というような方で(笑)、そんな人材を集めていたのですね。」

関西の大学を卒業した氏は、東京での生活を始めるわけだが、その口からはいきなり驚きのエピソードが飛び出した。

 「起業を目指していた私は、とにかく稼がなくてはいけない、と思っていましたし、また東京での暮らしでアパートでも借りてしまったら、ついつい生活が怠けてしまうことを恐れ、カプセルホテルを自分の住処にしたのです。当たり前の話ですが、そこでは全くくつろぐことができないため(笑)、結果的に土日も含め会社に朝8時に出かけ、明け方3時まで仕事をするような生活を送っていました。そんな生活でしたが、とにかく仕事は面白かったですね。ベンチャービジネスの立ち上げといったものに関しては本当に勉強になることが多く、ベンチャー・リンクに入って本当によかったと思っています。」

 当時ベンチャー・リンクが支援していたのが、フランチャイズを展開していた中古車買取販売の株式会社ガリバーインターナショナルである。今でこそガリバーは店舗数453店舗(2009年時点)を数える最大の買取ネットワークだが、当初は数店舗、社員も十数名ほどの企業だったという。そこにベンチャー・リンクが200名ほどの体制で支援を開始し、フランチャイズの拡大を行った。

 「一気に200名体制で全国のオーナー予備軍に営業をかけるわけですから、あっという間に50店舗くらいまで加盟店が増えたのですが、実際には収益がなかなか上がらず、オーナーに怒られる日々もあったのです。そんな中ベンチャー・リンクの当時の社長が叱咤激励の意味でこういいました。『まだ50店舗しかとれていないからそうなんだ。300店舗にならなければこのビジネスは儲かるわけがないだろう。』と。唖然としましたが、その後の経過を見るにそれは正しかったのですね。

300店舗まで増えることによってCMのコストも300分の1になるわけですし、ノウハウの蓄積も加速的に増えていきますし、また中古車を買い取る店なので、車のどの種類のどの年度、どの色がいくら、というプライシング(値付け)が最も難しいわけですが、300店舗にもなると、そのデータベースが豊富になることで、非常に適正な価格を算出できるようになるわけです。そうやって300店舗になったあたりでどんどん収益性が上がってきましたね。

 地方ではガリバーより以前から中古車の買取・販売をしていた業者さんもあったのですが、ガリバーの数がこれだけ増えるとその業者さんが『真似だ』といわれる始末。かわいそうですが、それがベンチャーなのだということも理解できました。」

 そんな怒涛の戦いの中、カプセルホテルから出勤している猛烈新卒社員の氏は、常に成績もトップクラスの山根さんという同期の女性社員(2008年まで同社取締役副社長)とガイアックスを設立することになる。

「定期的に食事をして、情報交換をしていたのですが、彼女が『いつか一緒にやりたいよね』というので『そうだね』という程度の話をお好み焼きを食べながらしたのですが、その翌日出社すると彼女からメールが来て『私は辞表出したけど上田君は出した?』というわけです(笑)。

ただ『そうだね』といってしまった手前、『今書いているところです』と返事をし、1年半務めた会社を辞めることになりました。そこから始まったのがガイアックスなのです。」

 カプセルホテルのエピソード然り、起業に至るエピソード然り、その展開に驚きを隠せない。晴れて退職した氏は、それから再び壁にぶつかることになる。次回も引き続きガイアックスの起業について追いかけてみたい。

 (第2回に続く)

敬称略 取材・執筆 柳澤史樹

VN:F [1.8.7_1070]
この記事に評価をお願いします。
Rating: 0.0/10 (0 votes cast)
VN:F [1.8.7_1070]
Rating: 0 (from 0 votes)
 

Leave a Comment

You must be logged in to post a comment.

« SIP株式会社代表取締役社長(元株式会社デジタルガレージCOO)齋藤茂樹氏 最終回「世界に冠たる日本発ベンチャーを支援するために」(全4回) | Home | 株式会社ガイアックス 代表執行役社長 上田祐司氏 第2回「荒波にこぎ出したガイアックス」(全4回) »