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	<title>次代の会 &#187; 次代へ伝えるインタビュー</title>
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	<description>次代の会</description>
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		<item>
		<title>インタビュー　株式会社アルフレッドコア　代表取締役社長　上村学氏　最終回「未来の香り」</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/11/07/article349.html</link>
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		<pubDate>Sat, 07 Nov 2009 03:12:03 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？
「次代に伝えるインタビュー」IT業界の次代を担うベンチャー企業として急成長を遂げている株式会社アルフレッドコア　上村　学（かみむら　がく）代表取締役社長のインタビュー、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？<br />
「次代に伝えるインタビュー」IT業界の次代を担うベンチャー企業として急成長を遂げている株式会社アルフレッドコア　上村　学（かみむら　がく）代表取締役社長のインタビュー、いよいよ最終回をお送りいたします。</p>
<p>株式会社アルフレッドコアは、2007年6月創業。PCや携帯のみならず、iphoneやアクトビラ、wiiなどのマルチデバイスに対応し、かつさまざまな機能拡張が可能な高機能CMS「 A.C.E 」を自社開発して展開しながら、大規模システムの受託開発も行っています。上村社長は現在30歳、同社は設立から2年を経過したばかりですが、その高い技術力、製品力で大手Sier や名だたる大企業のウェブシステム開発を多数請け負っているベンチャー企業です。</p>
<p><strong>Q. 社長、いよいよ最終回となりました。何卒よろしくお願いします。<br />
前回はこの半年間に経営者として経験されたことの大きさ、そしてそれを乗り越えたことによって新しいステージへとアルフレッドコアが入ってきているというお話をお伺いしました。<br />
今日の最終回はアルフレッドコアのこれからについてもお聞かせ頂きたいのですが、アルフレッドコアはベンチャーとして、今後どういったメッセージを発信していかれますか？ </strong></p>
<p>A. 今の検索エンジンにしてもOSにしても、全てアメリカで開発されたものですね。しかしそこに対して「純国産」で開発された商品を、私たちベンチャーから発信していきたいと考えています。<br />
ビジョンとしては起業した当初から純国産の製品で世界を目標にした勝負をかけていきたいと思っているので、そのようなかたちで海外でも弊社の製品を扱ってくれるようになってくれる、いわゆる代理店的なサポーターに対してライセンス的なビジネススキームを組みたいと考えています。</p>
<p><strong>Q. おお！スケールが大きいですね。IT業界は他の業界に比べ、世界への参入はハードルが低いほうかもしれませんが、それでも「純国産」にこだわって世界を舞台に打って出るというのはロマンがありますね。では具体的にいうとどんなものを展開していこうとお考えですか？</strong></p>
<p>A. ネットワークのコンシェルジュサービスを展開していきたいと考えています。私が以前からイメージし、目指しているAI(人工知能)を搭載したロボット技術を搭載したOSの開発ですね。<br />
そんな中、アメリカのシリコンバレーを中心に数社、アジアやシンガポールなどからも将来に向けたパートナーシップのお声がけを頂いている状態で、今はそのパートナーを探しているという状態ですね。</p>
<p><strong>Q. なるほど。しかもそれを構想ではなく、実現に向けた具体的な戦略としてのビジョンが見えていて、世界各国からのパートナーシップに向けたアクションが開始されているというわけなのですね。<br />
日本国内での熾烈な競争の中で急成長を遂げてきていることすら珍しい話だと思いますが、さらに先を見越したビジョンの具現化に向けて動いている。そのパワーの原動力になっているものは何なのでしょうか。</strong></p>
<p>A.それは。。無駄遣いです（笑）。この前もスケルトンのオープンウェア設計のパソコンを購入しました。気になってしまうと手に入れないと気がすまない性格だと思います。<br />
ロボットとかUFOとか、未来を想像させる、未来の香りがするものが大好きで、そういったものにずっと触れていたいですね。</p>
<p><strong>Q.なるほど「未来の香り」ですか。では他に未来の香りがするもの、は何かありますか？例えば車とか？<br />
</strong></p>
<p>A. 正直なところ未来の車にはあまり興味がないですね。今所有している車で十分かなと思います。車が自らしゃべるわけでもないし。事あるごとに「全てをネットで繋いでしまえばいいのに」そう思います。</p>
<p>例えば今日ソフトバンクショップでiphone 3GSの申込をしたのですが、店頭にあった申込用のタッチパネルのほうが欲しくなってしまいました（笑）。私からすればそちらのほうが「未来の香り」がしたというか。<br />
お金をかけて買えないものって探すほうが難しいと思いますが、それでないものなら作ってしまえばいいのだ、と根っからモノづくりが好きですから、よくそんなふうに考えたりします。<br />
私以外の誰かがそれを実現して商品を開発したりするのだろうと分かってはいるのですが、それでも未来の香りをするものを自分で作りたい、そういう気持ちがとても強いです。</p>
<p><strong>Q.個人的にはよく新聞などで自分が考えていたアイデアが商品化されたリリースなどを見ることがあり、そのときには猛烈にくやしい思いをしたりするのですが、社長はどうですか？</strong></p>
<p>A．うーんどうだろう。そういうことは殆ど私の場合はないですかね。現在幣社の製品力を超えるものは正直ほとんどないのではないかと思っています。もし他社さんで全て実現可能なのであれば、私がこちらから買収してもらいたいといいにいきますよ（笑）。<br />
それは大げさにしても、他社のサービス、新しい技術などを見るたびに「どうやったら弊社の開発したシステムと連動できるのか」ということをよく考えます。<br />
CMSひとつ取り上げても、全て検索エンジンと繋いでしまうとかね。いろいろと考えればきりがないですけどね。</p>
<p><strong>Q. そうですね、これからは特に新しい技術を繋ぐことによってさらに新しい発展が生まれるといった土壌としてはその素地は固まっていますからね。あとはそれを実現できる技術力があるか、といったところでしょうが、お聞きする限りそのポテンシャルを十分持ったチームなのだという自信が社長と話していると感じられますね。<br />
社長、今回は大変お忙しい中お時間を割いて頂き誠にありがとうございました。<br />
お体に気をつけて更なる「未来の香り」がする商品の開発に取り組まれてください。この度はどうもありがとうございました。</strong></p>
<p>A.    はい、頑張ります。ありがとうございました。</p>
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		<item>
		<title>インタビュー　株式会社アルフレッドコア　代表取締役社長　上村学氏　第3回「臥薪嘗胆　唯我独尊」</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/11/07/article347.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2009/11/07/article347.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 07 Nov 2009 03:07:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？
「次代に伝えるインタビュー」、今回も引き続きIT業界の次代を担うベンチャー企業として急成長を遂げている株式会社アルフレッドコア　上村　学（かみむら　がく）代表取締役社長 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？<br />
「次代に伝えるインタビュー」、今回も引き続きIT業界の次代を担うベンチャー企業として急成長を遂げている株式会社アルフレッドコア　上村　学（かみむら　がく）代表取締役社長に3回目のインタビューをお願いしました。</p>
<p>株式会社アルフレッドコアは、2007年6月創業。PCや携帯のみならず、iphoneやアクトビラ、wiiなどのマルチデバイスに対応し、かつさまざまな機能拡張が可能な高機能CMS「 A.C.E 」を自社開発して展開しながら、大規模システムの受託開発も行っています。上村社長は現在30歳、同社は設立から2年を経過したばかりですが、その高い技術力、製品力で大手Sier や名だたる大企業のウェブシステム開発を多数請け負っているベンチャー企業です。</p>
<p><strong>Q. 社長、インタビューも残りあと2回、何卒よろしくお願いします。前回は社長として多くの社員を率いる上で念頭においていること、そのマネジメントに関してお伺いしました。今日はアルフレッドコアを取り巻く業界についてもお聞かせください。ソフトウェア開発に限らず、この業界では競合他社の数も非常に多いかと思いますが、社長から見て興味のある会社とかはありますか？</strong></p>
<p>A.　正直あまり興味がないですね（笑）。<br />
私がPCにどっぷりはまるきっかけとなったあるコンピューターメーカーも、昔は就職したい会社でしたが、今はなぜかあまり興味がなくなってしまいました。<br />
会社を起業して感じるのですが、どちらかというと会社という容れ物ではなく、その会社のもっている世界観やビジョンに興味があるのだと思います。常々弊社の社員にもいっていますが、会社として向かっているビジョンの本質を見極める、それが大事なことではないかと思うんです。<br />
私自身も社員に対してそのようなことを語る以上、常に他人と比べてどうするんですか？ということを自問自答しています。<br />
競合に関してはそんな感じですが、ご要望を頂いたお客様の会社に関しては非常に細かく分析します。<br />
それは仕事だから当たり前の話ではあるのですが、仕事に自分の私情や嗜好を挟んでもうまくいったためしがないんですよね（笑）。<br />
もし別の会社でビジョンを私が心から心酔する会社があるのであれば、吸収合併されたいくらいですね（笑）。</p>
<p><strong>Q.    なるほど、普通ベンチャーとして立っていく為には競合他社の分析などを行ったりするものなのかと思うのですが、そこはアルフレッドコアの個性でもあるのですね。高い技術力に裏づけされた自信のようなものも感じます。<br />
ところで社長は若くして起業し、急成長されていますが今から起業を志す人に対して何かアドバイスなどありますか？<br />
</strong><br />
A.    やめたほうがいいです(笑)。この市況において起業することは非常にストレスが大きく、精神的によくないですね。怖い思いも正直たくさんしました。<br />
我を通す気概がない限り、起業することはお勧めしないですね。そうでなければ出資して始めることですが、それは正直雇われていると同じことです。最後の最後で負けそうなとき、お金だけ見ていて自分を信じられなければ精神的に折れてしまう。なので、出資は雇われているのと同じことではないか、そう思います。またお金を稼ぐだけなら大企業で稼ぐことは可能だと思います。</p>
<p>ただ自ら起業して社長になって稼ぐお金と社員で稼ぐお金とは価値が違いますね。<br />
起業して得られたものとしては自分のやりたいことをやれる城を手にいれられること、それが最も大きいのではないかな。地に足をつけ、確実に自らのやりたいことを確実にかたちにしていくことが大事だなと思います。<br />
座右の銘ですが「臥薪嘗胆　唯我独尊」を貫きたいですね。社長が社員に背中を見せてしまったら終わりですからね。ついてきてくれなくなります。<br />
<strong><br />
Q.    以前にお会いしたときに比べて、何というかこう「肝の据わった」感じになりましたね。</strong></p>
<p>A.    この半年間いろいろなハードルを越えてきました。そのためではないかなと思います。<br />
最近になって思うのですが、自分がコンサルタントとしての役割を求められていると実感します。周りの人がお客様も含めて納得いくアイデアをご提案し、採用して頂けることに非常にやりがいを感じるのです。会社としてビジョンをかたちにして動いてくれるようになってきている、というのも本当に楽しいですね。</p>
<p><strong>Q. お話しをお伺いすると起業されてから2年、特にこの半年の間に経営者としてとても大きな経験をされたのですね。その経験から来る言葉だからこそ社員の方もビジョンを共有し、それを実現する為に力を尽くしているのだろうと思います。実際にそれが大きな企業での採用実績としてつながっているというのも興味深いですね。さて、いよいよ来週は最終回ですが、これからのアルフレッドコアのビジョンに関してもお話を聞かせてください。よろしくお願いします。</strong></p>
<p>A. はい、こちらこそよろしくお願いいたします。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>インタビュー　株式会社アルフレッドコア　代表取締役社長　上村学氏　第2回「社長というプレイヤーを演じる」</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/10/10/article310.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2009/10/10/article310.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 10 Oct 2009 05:39:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？
さて、前回より連載中の「次代に伝えるインタビュー」、今回も引き続きIT業界の次代を担うベンチャー企業として急成長を遂げている株式会社アルフレッドコア　上村　学（かみむら [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？<br />
さて、前回より連載中の「次代に伝えるインタビュー」、今回も引き続きIT業界の次代を担うベンチャー企業として急成長を遂げている株式会社アルフレッドコア　上村　学（かみむら　がく）代表取締役社長にインタビューをお願いしました。<br />
<img class="alignnone size-medium wp-image-312" title="200906261451000" src="http://jidainokai.jp/wp-content/uploads/2009/10/2009062614510001-168x300.jpg" alt="200906261451000" width="168" height="300" /></p>
<p>株式会社アルフレッドコア代表取締役社長　上村学氏</p>
<p>株式会社アルフレッドコアは、2007年6月創業。PCや携帯のみならず、iphoneやアクトビラ、wiiなどのマルチデバイスに対応し、かつさまざまな機能拡張が可能な高機能CMS A.C.E を自社開発。受託開発も行っています。上村社長は現在30歳、同社は設立から2年を経過したばかりですが、その高い技術力、製品力で大手Sier や名だたる大起業のウェブシステム開発を多数請け負っているベンチャー企業です。</p>
<p><strong>Q. 社長、本日もよろしくお願いします。今日もさらに突っ込んだお話をお伺いさせてください。アルフレッドコア起業の経緯は、大企業にいた社長に今の主要メンバーがついてきてくれたのが大きなきっかけになったとお伺いしていますが、その原動力になったのは何が大きかったのでしょうか？</strong></p>
<p>A. はい、そういう意味では同社の設立にあたって、主要メンバーがついてきてくれたことは本当に大きな支えになりました。その原動力は何か、あえて考えてみると私が一歩も引かないというところと、社員全員がそれぞれ持っている夢が会社の目指すビジョンと重ねられるような会社であるというところだと思います。<br />
なので各社員一人ひとりが責任をもって自らの仕事を進めているようなところがあり、その過程ではいい意味でのぶつかり合いはしょっちゅう起こっていますが、その場合でも私は「AKY」を心がけています。その心は「あえて空気を読まない」（笑）。<br />
社長は会社がこのような状況にある場合、独善的であり、素直であるべきだと思います。また社員に対してはどんな状況においてもフェアであるべきだと思っています。<br />
私の中で社長とは１プレイヤーに過ぎず、あえてそれを演じているところがありますね。</p>
<p><strong>Q.    なるほど、社長というポジションを1プレイヤーとしてみなし、それを演じているわけですね。では社長以外の取締役ほか役員の方に関してお聞きしたいのですが、社長から見て役員の方々があるべき姿というものがあるのですか？<br />
</strong><br />
A.    私が修行をしていたシリコンバレー、サンノゼ仕込みの持論ですが、ものはかたちから、が大事だと思っています。まずはカタチとなる箱、つまり仕組みを作り上げ、そこに最適な人材を配置していくことが多いです。教科書どおりの定説かもしれませんね。<br />
人材配置に関しては自分が任命することもよくあります。ポテンシャルのある人にはあえてそのポジションを与え、私のマインドを伝えたうえで頑張ってもらい、そのポジションが人を育てるというスタンスで臨んでいます。</p>
<p><strong>Q.    なるほど、しかしその人材に欠けている部分がある場合はどうなのでしょうか？</strong></p>
<p>A.    人間ですからそれぞれ得手不得手があるのは当然です。ですからそれができるまでは都度指摘するようにしています。簡単にいえばどなります（笑）。それがないと気の遣いあい、派閥などの組織的な問題が多くなってしまうと思っています。取締役といっても弊社の場合は現場のマネージャーも兼任してやっているわけですし、それを逆に忘れてしまってはいけないというスタンスを彼らにも理解してもらうようにしています。<br />
このスタンスですからはたから見ると「会社にはどうしようもなくわがままな子供がいる」というようにも見えるかもしれませんね（笑）<br />
<strong><br />
Q. そこまで考えた上で分かりやすい存在であるという社長のポジションを演じているわけですね。</strong></p>
<p>A.　そうですね。今当社は急激に大きくなっています。これからも拡大路線を目指しているわけですが、その過程では高いポテンシャルやスキルを持った方がたくさん入社してくると思うわけです。<br />
その中でも今頑張ってくれているメンバーはその環境の変化に耐えられる人間になってほしい、そういう思いで人を育てているつもりです。</p>
<p><strong>Q.    今社員の方の平均年齢はおいくつぐらいですか？</strong></p>
<p>A.    平均は33歳くらいでしょうか。ベンチャーにしては高いほうだと思います。というのもそれなりに高い人材のクオリティを求めようとすると一流のプレイヤーが必要になるので、その視点からいうと社員に求めるものはレベルの高い完成された仕事を求めていますね。但しゼネラリストである必要はなく、あるスキルに突出していれば当社で活躍の場はあると思います。一芸入社みたいなものですね。</p>
<p><strong>Q. なるほど。人材採用に関しては担当役員の方が人事の担当をされたりしているわけですか？</strong></p>
<p>A. 人事的な部分に関しては私のカンに拠るところが大きいと思いました。以前の職場では60人以上のプロジェクトメンバーを4つくらい入れ替えで配置して個々のプロジェクトを仕切っていました。<br />
若いときに自らのポジションを上げていく為にはどのように人を配置し、そして動かしてやっていくかしかアピールする方法がなかったので、そこはとても鍛えられました。感謝しています。</p>
<p><strong>Q. 今の状況からしても、社長が率先して会社を牽引していくのは必然なのかもしれませんね。そのような中で社員の人に求めるものがあるとすればどんなことでしょう？</strong></p>
<p>A. 各々がミッションとして与えられた部分をしっかり完遂できるかどうか、そこが非常に重要だと思います。例えば2500万＠月の売上目標をどう達成するか、そういったものを各部署で役員会を通じて報告するようにしています。<br />
商品開発を行い、その開発コストを割り出し、その為に営業がどう達成するか、というプロダクトアウト型の考え方で目標設定はしています。それは結果として認めていただいた大きな企業などに導入、採用して頂いているという実績として表れているのだと思います。<br />
独断的に聞こえるかもしれませんが、仮に開発した商品が模倣だったとしても、それが自分の意思によるものだということを決めないと、自分の意見に対して人は賛同してくれなくなると思っています。</p>
<p><strong>Q.    お若いうちから大きなチーム率いてプロジェクトを成功させてきた経験が、ご自身で会社を経営されるようになってからのノウハウとして蓄積されているわけですね。非常に深く考えられているのがよく分かります。さて、ここまでは御社のことについて語って頂いたわけですが、次回はちょっと外に目を向けて、業界の中で社長が思うこと、発信したいお考えなどをお聞きできればと思います。次回もよろしくお願いいたします。</strong></p>
<p>A. はい、こちらこそよろしくお願いいたします。</p>
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		<item>
		<title>インタビュー　株式会社アルフレッドコア　代表取締役社長　上村学氏　第1回「未来を提供する」というビジョン</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/10/10/article304.html</link>
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		<pubDate>Sat, 10 Oct 2009 05:23:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？
さて、今回は「次代に伝えるインタビュー」第3回を連載でお送りしていきます。第1回は元日本IBM取締役副社長でDOS-V生みの親である丸山力氏、第2回は前日本SGI代表取 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>次代の会　会員の皆様、お元気でお過ごしでしょうか？</p>
<p>さて、今回は「次代に伝えるインタビュー」第3回を連載でお送りしていきます。第1回は元日本IBM取締役副社長でDOS-V生みの親である丸山力氏、第2回は前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫氏と、日本のIT業界の黎明期を支えてきたお二方でしたが、今回はまさにIT業界の次代を担うベンチャー企業として急成長を遂げている株式会社アルフレッドコア　上村　学（かみむら　がく）代表取締役社長にインタビューをお願いしました。<br />
株式会社アルフレッドコアは、2007年6月創業。PCや携帯のみならず、iphoneやアクトビラ、wiiなどのマルチデバイスに対応し、かつさまざまな機能拡張が可能な高機能CMS A.C.E を自社開発。受託開発も行っています。上村社長は現在30歳、同社は設立から2年を経過したばかりですが、その高い技術力、製品力で大手Sier や名だたる大起業のウェブシステム開発を多数請け負っているベンチャー企業です。<br />
今回はその急成長の理由など、深い部分まで突っ込んだお話をお伺いしました。</p>
<p><strong>Q. 社長、よろしくお願いします。まず起業の経緯に関してお聞かせ頂けますか？</strong></p>
<p>A. はい、よろしくお願いします。私は以前、大手映像配信の会社で80人以上のチームを率いてSEの仕事をしていましたが、その会社の事業として、妥協の産物を作り始めたことにまず疑問を感じたことが起業のきっかけですね。私たちの仕事はあたまの中にあるものを本当にかたちあるものとして作らねばならない仕事です。私は世界を変えていくのは技術だと思っていますし、モノづくりに携わるものとして、匠の世界で勝負していかねばならないものだと思っています。</p>
<p>とはいえ一人では決して出来ない仕事で、大手企業に在籍中も多くの技術者達の協力を得て、いろいろなものづくりをしてきたわけです。そんな中、上司から長年協力してきてくれた派遣社員を「会社都合で切れ」と言われ、それなら自分でやるといったところ、皆が付いてきてくれたのが大きな転機になりました。オフィスも何もない中で起業しましたが、オフィスがない時でも協力してくれたメンバーは自宅で作業をしてくれて、受注・納品を行ってきました。<br />
そんな状況で半年がたち、飯田橋にようやくオフィスを借りました。そのオフィスも手狭になり、九段下ですがさらに大きなオフィスへ引越しを完了したばかりです。（8月10日に九段下に移転）</p>
<p><strong>Q. なるほど。起業にいたるには周りのメンバーが社長に賛同して大挙付いてきてくれたと。<br />
社長の人徳がなせるわざですね。</strong></p>
<p>A. うーん、どうだろう。でも私は人の本気を出させることが得意かな、そう思います。人は自分のやりたいことをできる環境にいる際に本気を出すと思っているのですが、そうでない場合たいていの人はポテンシャルをセーブしてしまうことが多いと思います。その意味でも起業したときのメンバーには「くすぶるならやってみたらいいと思う、それを会社として支えるから」と伝えました。<br />
そこで集まってくれた強力なメンバーに対する開発ポリシーとして、中途半端な技術は入れずに、フレームワークからすべて作るところからやってもらっています。CTOは別にいるのですが、私はそのような開発のビジョンを伝えることが仕事だと思っています。</p>
<p><strong>Q. コンセプチュアルな部分にもフォーカスされているのですね。</strong><br />
A. 毎月自分のビジョンを社員に浸透させて共有しています。それを見て若いメンバーが参加したいといってくれる、という嬉しい流れができていると思います。<br />
また私の持論ですが、ドキュメンテーションのクオリティの高さは小さい会社を認めてもらえるきっかけだと思っています。その為弊社はドキュメントのクオリティコントロールには非常に厳しいですね。</p>
<p><strong>Q. なるほど、ビジョンという大きな概念を伝えつつもドキュメントのクオリティなど細かいところにも気を配っているわけですね。<br />
ところで、「アルフレッドコア」の名の由来はどういったところからきているのですか？</strong></p>
<p>A.    実は２つあります。「ALL FREE DOMAIN,ALL FREE DEVICE」の意味をもってお客様のやりたいことを実現することですね。お客様のいうことを聞くのではなく、それを聞いた上でこちらから技術に基づいたご提案をさせて頂き、その中で実現の可能性を広げていくことが可能であり強みでもあります。<br />
もう１つの理由ですが、私がバットマンが大好きなことからきています（笑）。バットマンの執事がアルフレッドというおじいさんなのですね。ウィットに富んでいてユーモアがあり、バットマンを実は影で支えているとても重要な役割を果たしているキャラクターなのです。<br />
私の実家では小さいころから事業を営んでおり、父が週末いなかったので、母が好きなSFをよく見に行っていて、アルフレッドとの出会いも含め、その原体験からの影響が大きいと思います。SFの世界で展開される「未来を提供したい」というビジョンもその原体験から形成されたものだと思います。<br />
映画の中のアルフレッドが執事という仕事に基づき、いろいろなサポートをバットマンにしますが、我々も同様に、お客様に対してのサービスをニーズを聞きながら考えてお手伝いをする、そういったコンサルテーション力が強みであると思っています。<br />
特にお客様がITの言葉に囚われてしまうケースが多いのですが、それは違う。出来売りのパッケージにお客さんが合わせるのはおかしいと思うわけですね。</p>
<p><strong>Q.    特にお客様の中にはその言葉に対する恐怖感というか、特にシステムということになるととっつきにくいと思われる方もいらっしゃると思われますものね。<br />
では社長、今回はこのくらいにして、次回にわたり引き続き会社のこと、社長のお考えについてお聞かせください。ありがとうございました。</strong></p>
<p>A.　ありがとうございました。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>インタビュー　前日本SGI代表取締役社長　和泉法夫さん　最終回「自らのビジョンを体現できるマイ・カンパニー　日本SGI時代」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/02/06/article37.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2009/02/06/article37.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 06 Feb 2009 10:52:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator></dc:creator>
				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[「次代の会」会員の皆様　世の中にも冷たい北風が吹きすさぶ毎日、いかがおすごしでしょうか。
「インタビューコーナー」第2回もいよいよ最終回。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは、昨年退任されるまでの日 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「次代の会」会員の皆様　世の中にも冷たい北風が吹きすさぶ毎日、いかがおすごしでしょうか。<br />
「インタビューコーナー」第2回もいよいよ最終回。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは、昨年退任されるまでの日本SGI在籍時代のお話を中心に伺います。</p>
<p><img src="http://blog.jidainokai.jp/image/2008.jpg" border="0" alt="" width="186" height="247" /><br />
前日本SGI代表取締役社長　和泉法夫氏</p>
<p><strong><span>最終回　「自らのビジョンを体現できるマイ・カンパニー　日本SGI時代」</span></strong></p>
<p><strong>Q　先生、インタビューもいよいよ最終回、今までも十分エキサイティングなお話を聞かせて頂きましたが、今回も熱いエピソードをお聞かせ下さい。宜しくお願いいたします。古巣、ベンチャーの日本タンデムとタンデムを買収したコンパック・コンピュータの経営陣として13年在籍し、ドラマチックなリストラで組織を刷新した1998年に同社を離れた先生は、グラフィックはもちろん、スーパーコンピューターから医療分野に至るまで幅広い事業を手がける最先端企業、日本SGIに社長として就任されました。そこにはまた興味深いエピソードがお聞きできそうですね。</strong></p>
<p>A 正直あの時期はちょっと外資系企業に辟易していたところもあったのです。しかし、残念ながら日本の企業はビジョンなどの考え方はもっと未成熟だったため、結局外資系で自分がハンドルできる、それを基準にヘッドハンティング会社からの話を聞きました。<br />
当時２つの外資系会社からのオファーがありました。１つは高成長企業で株価は高く、もう１つは業績低迷で安い株価の会社です。<br />
外資系の典型で本社コントロールの強い会社と業績は低迷しているがかつてはシリコンバレーの星といわれた会社、2社のそれぞれのTOPとシリコンバレーで面談しながら自分のビジョンが実現できる会社を基準に、アメリカの言いなりに「Yes, Sir!」で応えなくてもいい、そういうことをインタビューでも感じ取れたので、日本SGIに決めたのです。外資系企業でかつ高成長企業で米国本社のいいなりの道を選べば社長業としては気楽ではあったでしょうが、タンデム時代に高柳さんと目指した日本に根づく企業として社員が「素晴らしい会社にお勤めですね」言われるような会社を創り上げるうえでは身の丈にあった企業を選んだといえます。</p>
<p><strong>Ｑ　先生が「自らのビジョン」ということをいよいよ実現する、そのフェーズで選んだ会社が日本SGIだったわけですね。</strong></p>
<p>Ａ　それまではタンデムの創立者　ジム・トレビックのビジョンを実現するというのが私のテーマだったわけですが、ここにきてようやく自らのビジョンを実現できる、そう思ってはじまりました。<br />
やはりコンパックにいたらアメリカ本社の言うとおりにしなければならず、マーケティングの手法もアメリカとは異なった戦略をとっていた日本では私のビジョンは実現できない、そう感じたのですね。<br />
一般的に外資の場合、そういうことを強制されてしまうので、俗にいう「チイママ社長」になってしまう人がいるのですね。分かりますか？銀座の雇われマダムと同様に外資系企業を転々としてお客さんを連れて出て行ってしまうという意です（笑）。<br />
<strong><br />
Q なるほど、チイママ社長ですか！それはうまい例えだなあ～（笑）。<br />
そこで日本SGIに社長として就任され、自らのビジョンを体現すべく最先端を走られたわけですが、そこでも大きなエピソードが当然あるのですよね？</strong></p>
<p>Ａ　やはり最も大きなエピソードといえば、2001年　NECからの出資を受けて資本提携した話でしょうね。当時ソリューションカンパニー社長の金杉さんが「株価が1ドルを切っているSGI本社を買収したって100ミリオンにはならない」といいながら、その子会社である日本SGIに100ミリオンドル近くを出資してくれたのです。当然そのためにデューデリジェンスをして企業価値の算定やら膨大な契約作業で大変なプロセスは踏みました。さらに最終フェーズではSGI本社側が虎の子の日本法人を手放すのに躊躇をはじめたりしていつ破談になってもおかしくない状況でしたが実現しました。</p>
<p><img src="http://blog.jidainokai.jp/image/20011.jpg" border="0" alt="" width="410" height="308" /><br />
2001年日本SGIはNECから出資を受けて戦略的提携を締結</p>
<p>ただその過程で私はちょっとした間違いをしました。当時1ドルが115円だったことです。当時アメリカSGI本社の社長、ボブ・ビショップCEOが「イズミサン、100ミリオン用意してくれ」といわれたのをドルと円を勘違いして、NECの金杉さんに「100億円出してください」といってしまったのです。残りの15億円足りない（笑）。捻出するのに大変苦労しました。しかし出資が決まった後、金杉さんは本当に太っ腹な人でした。60％の株式を保有（SGI本社が40％）しながら今までと変わらない環境で仕事をさせてくれました。ご本人が日本SGIのお客様に冗談交じりに「祇園の大旦那」だよと笑いながら語っていましたね（笑）。</p>
<p>おそらく金杉さんが私たちに期待をしてくれた理由は、収益を上げることでNECに貢献することの期待は当然ですが、それ以上にNECという自らの率いる大企業に対して「規模がこんなに違っても新しいビジネスに果敢に挑戦するこういう文化をもった連中もいる」というのを見せてNECの活力のある若い人たちへのメッセージにしたかったのではないか、ということです。そしてNECグループが様々な企業文化をもった企業体であることを示したかったのではと思っています。ただこんな肩入れをされただけにNECの一部の幹部連中には随分妬まれましたね。（笑）<br />
そのように応援してくれた金杉さんにその恩返しをする前に亡くなってしまった（2006年11月死去）のは残念というより無念でした。金杉さんはIT業界ではその持前の明るさと親分肌の面倒見のよさで敵味方関係なく多くのファンがいました。一方、頑固さでは天下一品でしたね。(笑)</p>
<p>２００４年前後でしたがある上場企業が日本SGIを大変評価してくださり対等合併の話を持ち込まれた時、私としてもシナジー効果が期待できるし資本の偏りもなくなる非常に良い話であったので何とか成就させようとSGI本社は説得しましたが金杉さんが最後まで首を縦に振らなかったことで実現は出来ませんでした。合併はタンデムコンパックで経験しているので心配はなかったのですが。(笑)　<br />
その時つくづく日本SGIが期待されているのだなと痛感して責任の重さを感じました。<br />
また金杉さんが病気で社長辞任する直前にNEC持ち分比率50％を切る了解を得てキヤノンマーケティングとソニーに増資の参加いただきましたがその時の２人の経営者にもまた日本SGIは大変お世話になりました。</p>
<p>いろいろとビジネス上で出資などの話がありますが、やはり最も重要なのは、互いの信頼関係の中で相手と意気投合することで「よし、こいつにこの会社にかけてみよう」という思いなのではないかと思うんですね。<br />
もし金杉さんがご存命なら、おそらく辞めさせてもらえなかったと思いますが（笑）<br />
金杉さんが亡くなられる直前の10月、日本SGIで行ったパーティーに病弱の身体でありながらわざわざお越しになり、スピーチをして頂いたことで参加されていたお客様からは後日「お別れができた」といまだに御礼を言われます。</p>
<p><strong>Q つくづくそう考えるとビジネスは「人」ですね。人のエピソードは面白くてどうも長くなってしまいます。<br />
さて、では最後に日本SGIを退任された先生のこれから、そして経営者の方々へのアドバイスなどをお聞かせ頂けますか。</strong></p>
<p>A　昨年の10月の世界同時不況は人々の価値観を大きく変えるターニングポイントになっていると思います。この大不況は近年跋扈する「株主がすべての資本主義」の考え方に警鐘をならして本来の社会責任を伴った経済活動が重視されていくようになるでしょう。その意味でこれからは社会起業家「ソーシャル・アントレプレナー」と呼ばれるような起業家が若い方々のなかから多く出てくると思います。ただ利益をあげその結果IPOだけがすべてのような昨今の風潮が変わっていくでしょう。私が好きな言葉に「Next dedicate」という言葉があります。何をするにしても次の10年を見据えて仕事をする、そんなスタンスでVision夢に向かって頑張ることが大事だと思います。</p>
<p>そこには少しの失敗で頓挫せず、IPOも一つの選択肢ぐらいに考えることが重要だと思いますね。<br />
コンピューターも今はネットワーク全盛の時代ですが、ウェブでいえばウェブ2.0に留まらない「コンテンツが主役の時代」の流れ、次世代のウェブの動向を見据えていくことなどが大事ですよね。アマゾンやグーグルに代表される個人の嗜好/行動パターンからあなたにはこれがお勧めというようなパターンからユーザー自らのエージェントが欲しいものをコンピューター上でかけめぐって探してくる、そんな行動の主体が変わるのがウェブ3.0だと思います。</p>
<p>またロンドンでは新しくできた東京タワーくらいの高さの新ビルに一切駐車場がない試みがはじまりました。Park＆Rideで車社会の発想も変わりモビリティーが大きく変化すると思います。都市空間に大きな車が乗り入れるのではなく小型の電気自動車やSegwayのような環境にやさしい乗り物が主流になるでしょう。携帯電話の普及の歴史を見ればよくわかりますね。電話といえば固定電話が常識だった世界が取って代わられるのは当時だれが想像したでしょうか。タンデム時代にセルラー会社のシステムをタンデムで席巻したのでよく覚えています。また医療の世界も大きく変わるでしょう。新潟大學で脳研究所にいるのもその辺に関心があるからです。</p>
<p><img src="http://blog.jidainokai.jp/image/20083.jpg" border="0" alt="" width="410" height="308" /><br />
雑誌「経済界」が主催する2008年「経済界大賞敢闘賞」を日本SGIが受賞（後列右から3人目）</p>
<p>そろそろ狂ったように消費需要を生み出した自動車産業や金融ビジネスから人間の尊厳に価値観が移り、自分の健康や心豊かな生活に投資する時代がはじまると思います。ユビキタス環境が整いつつある時代に遠隔医療や地球規模のセカンドオピニオン、そして都市中心型のライフスタイルから二地域居住のライフスタイルなどが実現していくと思います。それによって産業構造も変わるでしょう。そんなふうに新しい価値観を見越していなければならないと思います。目先の利益だけ考えて会社を経営していれば早晩淘汰されるでしょう。<br />
説教じみてしまいましたが、私はこの大不況は様々な分野で大転換をはかるポジティブな作用が生まれると思います。こういう時代はマネーゲームに群がる人々が淘汰される本物の時代でもあるといえるわけです。<br />
その意味でも次代の会の皆さんは本物の経営者になるべく、10年先を見越して頑張ってもらいたいですね。</p>
<p><strong>Q　次代の会に集まる経営者の方々には非常に心強いアドバイスですね。この時代を生き抜くには先生がこだわり続けたビジョンの重要性を強く感じます。<br />
長い時間貴重なお話をありがとうございました。先生の更なるご活躍を楽しみにしております。</strong></p>
<p>A　はい、ありがとうございました。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>インタビュー　前日本SGI代表取締役社長　和泉法夫さん　第3回「激動のM&amp;A合戦　コンパック・コンピューター時代」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/01/29/article39.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2009/01/29/article39.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 29 Jan 2009 11:06:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator></dc:creator>
				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[「次代の会」会員の皆様　インフルエンザ、大丈夫でしょうか？健康管理にお気をつけてください。
さて前回に引き続き「次代の会　インタビューコーナー」をお送りします。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは3 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「次代の会」会員の皆様　インフルエンザ、大丈夫でしょうか？健康管理にお気をつけてください。<br />
さて前回に引き続き「次代の会　インタビューコーナー」をお送りします。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは3回目、日本タンデム・コンピューターズからコンパックに合併されたお話を中心に伺います。</p>
<p><img src="http://blog.jidainokai.jp/image/2008.jpg" border="0" alt="" width="186" height="247" /><br />
前日本SGI代表取締役社長　和泉法夫氏</p>
<p><strong><span>第３回「激動のM&amp;A合戦　コンパック・コンピュータ時代」</span></strong> </p>
<p><strong>Q　先生今日も宜しくお願いいたします。「天下のIBM」から当時40名のベンチャー、日本タンデム・コンピューターズへ転職された後に同社はパソコン大手　コンパックに合併買収されました。しかし買収された側にも関わらず、副社長として就任されましたね。このちょっと変わったエピソードからお聞かせいただけますか？</strong></p>
<p>A　買収合併を知らされた日のことをよく覚えています。 社長だった高柳さんから当時私が住んでいた八ヶ岳の自宅に電話をもらいました。<br />
高柳さんいわく「和泉、大変だ。タンデムがコンパックを買収してしまった」というわけです。コンパックは私が扱っていた基幹システムとは違って個人向けパソコンのメーカーでしたから、「なぜ秋葉原で売っているパソコンメーカーなんかを買収するんですか？」というと高柳さんが「和泉君、何を勘違いしているの？企業規模を知らないのか！」というのです。<br />
早速調べてみたら当時全世界のタンデムとコンパックでは売上げの額が10倍違う（笑）。要は私の聞き間違いで買収「された」ことにようやく気が付いたというわけです。</p>
<p><strong>Q それはまたすごい聞き間違いですね（笑）。外資らしいエピソードですねえ。当時規模はどれくらいだったのですか？</strong></p>
<p>A 全世界ではコンパックのほうが断然大きいですが、日本ではコンパックは苦戦して伸び悩み、一方のタンデムは全世界のタンデムの牽引役で急成長中でしたから、日本だけはコンパック本社から見ても特別な存在でした。あとから買収交渉の内容を知ったのですがタンデムの企業価値を評価する部分に日本タンデムが儲け頭として高く評価されていました。<br />
そんなわけで買収される側である私たちはいろいろな紆余曲折がありましたが日本だけ例外的に高柳さんが社長になり、買収合併の後の新生コンパックの経営陣はタンデム側で編成されました。ほかのすべての国は例外なくコンパックが経営を担いタンデムがサーバー製品を売る部隊として位置づいていました。</p>
<p><strong>Q ええ！そんなこともあるんですねえ。しかし企業文化の違いをすり合わせるのは難しかったのではないでしょうか。</strong></p>
<p>A そうですね。いろいろな事件がありましたよ。当時アメリカ本社のタンデム出身のVPが日本で社員間になにかまずいことがあるのかと心配してきたことがありました。変だと思っていたところ、当時広報担当だったコンパック出身の社員が「日本はタンデムの経営陣に占領され、まるでタンデムがコンパックを買収したかのようだ！」というようなブラックメールを送っていたのが判明しました。（笑）これは逆転人事の結果生まれたひずみだったのでしょうね。</p>
<p>企業文化の異なる2社を融合させるのは大変な労力がいります。まだ日本が幸いだったのはコンパックがパソコンの代理店販売が中心でタンデムが直販中心だったことです。その上経営を担ったのがタンデム側でしたから日本タンデムの戦略の延長上でビジョンが語れたのでお客様の不安はなくむしろパソコンという製品が加わったことでトータルソリューションを提供できる企業だとして評価があがったものでした。コンパック側の社員も今までやっていることが変わるわけではなかったし直販のための営業部隊を持っていなかったのでこの合併はスムーズにいっていたほうでしょう。</p>
<p>当時家庭用のパソコンであるプレサリオを当時のキヤノン販売（現キヤノンマーケティング）に全面的に販売移管したのもこの時です。このときの立役者がいまの日本のマイクロソフトの樋口社長と窪田専務ですよ。優秀な人材がいましたね。私は代理店販売をやったことがなかったのでコンパックの人材に助けられましたね。だいたい秋葉原の店頭で物を売るなどということは数千万～数億円の製品を扱う常識から考えたこともありませんでしたから。</p>
<p><strong>Q 事業ドメインも企業文化も違う中の合併後、1997年までコンパックの副社長、営業トップとして就任され、その後わずか1年後に日本DEC（デジタル・イクイップメント）を1998年に買収されましたね。その怒涛のM&amp;Aの中で先生はいきなり同社をお辞めになりました。このあたりもかなり激動のドラマがあったのではないですか？</strong></p>
<p>A やっとコンパックとの合併がうまく運びだしたところに日本DECの買収ですから経営者としてはたまりませんね。（笑）<br />
なにせ日本DECは当時タンデムとコンパックを合わせた社員数の数倍の人数がいましたし、会社のカルチャーが全然違っていて、ビジョンを共有させるには長い時間がかかると思いました。ちょうど50歳になるところでしたから最低5年近くを後ろ向きの仕事に費やすのは無駄と判断しました。高柳さんはじめ我々経営陣がきめた買収であればその苦労も意味がありますが米国の親会社がきめたことを”Yes sir!”とやるには抵抗がありました。またビジョンを共有できない企業に残っていても後は消耗戦ですから、そこが潮時だと思いました。</p>
<p>そこで最後の仕事として合併後の新しい営業組織を作る準備に入りました。当時の日本DECの営業組織は年向序列でカルチャーも非常に強い縦割りの企業風土があって、役職を飛び越えて上司と話すなんてとんでもない、そんな文化と、若手が中心でビヤパーティーで気軽に社長はじめ経営陣と歓談できるカリフォルニアの自由闊達な文化の連中を融合するのには無理があると判断して若手が活躍できるような体制づくりをしてせめてもの恩返しをしようとおもいました。</p>
<p>そこで私は50歳以上の役職者を退職勧奨することにしました。年齢で判断するなんて普通ならセクハラのようなものですが当時はリストラ費用として割増した退職金制度がたっぷりありましたので抵抗もなくスムーズにいきました。組織作りが完了して社内発表したあと、「あ、気がついたら私も５０だ」と冗談半分の理由にして退職しましたから一応フェアーではあったと思いますよ。（笑）でもかなり日本DECの人には嫌われていたようです。<br />
後日談で日本DEC最後のコンベンションがあった際に私が辞任したニュースが流れて会場で歓声が沸いたそうです（笑）。それぐらい「悪役」でした。</p>
<p><strong>Q まるでドラマですね。しかしそこまでビジョンにこだわった先生にタンデムのお仲間は賛同されたのですね。退職の願いは簡単に聞き届けられたのですか？</strong></p>
<p>A　私は辞職直前社内ではアメリカに行っていることになっていましたが、実は八ヶ岳の自宅にこもっていました。そこで高柳社長に直接話せば引きとめられて十分な話ができないと思い週末に長文のメールを書き高柳さんにおくりました。我ながらなかなかの名文だったと思いますよ。（笑）そして月曜日朝に社長に挨拶に行きました。<br />
退職願を持ってきた私を見て高柳社長は笑いながら「和泉、何しにきたんだ」というわけです。そこで私が辞表を渡すと、中身も見ずに机の横にあったシュレッダーへジジジジ・・・・と（笑）。<br />
でもその直後が高柳社長の人間的な魅力あるところで、「あ！しまった！この封筒に、お金入ってのでは？！」と。一気に沈んだ雰囲気が和みましたね。</p>
<p>この後もしばらく八ヶ岳の自宅に籠っていましたら、夜遅く真っ暗な中入口のところにタクシーが止まって背広姿の幹部社員が数人おりてきました。翻意をさせようと東京から来たのですが‘ミイラ取りがミイラ’ではないですが夜中まで酒を飲み私のほうが彼らを説得した次第です。さらにびっくりしたことに説得作業を諦めた連中と大宴会をしている途中ひとりが森の中に人影があったというので大騒ぎになりました。実は高柳さんが小諸の別荘に行く途中に顔を出したのでした。本当につらい決断でしたけれども素晴らしい仲間達でしたね。</p>
<p><strong>Q　（笑）　いやー、しかしお話をお伺いすると本当に魅力的で熱い方が多いですね。男気があるというか器が大きいというか。すばらしいですね。</strong></p>
<p>A　やはりベンチャーが成長していく過程に燃える軍団ができれば強い組織になりますよ。当時はそれぞれに夢とビジョンを持った連中がたくさんいましたね。</p>
<p><strong>Q　さて、いよいよ先生が自らのビジョンをかたちにするために社長として日本SGIへ移られるわけですね。次回の最終回では日本SGIでのお話と、先生の今後に関してお話をお聞かせください。よろしくお願い致します。</strong></p>
<p>A　よろしくお願いします。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>インタビュー　前日本SGI代表取締役社長　和泉法夫さん　第2回「野鴨集団　日本タンデム・コンピューターズ時代」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/01/22/article42.html</link>
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		<pubDate>Thu, 22 Jan 2009 11:11:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator></dc:creator>
				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[「次代の会」会員の皆様　寒い日が続きますがお元気ですか？さて、前回に引き続き「次代の会　インタビューコーナー」をお送りします。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは2回目、日本タンデム・コンピューター [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「次代の会」会員の皆様　寒い日が続きますがお元気ですか？さて、前回に引き続き「次代の会　インタビューコーナー」をお送りします。前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューは2回目、日本タンデム・コンピューターズでのお話を中心に伺います。<br />
<strong><br />
<img src="http://blog.jidainokai.jp/image/2008.jpg" border="0" alt="" width="186" height="247" /><br />
前日本SGI代表取締役社長　和泉法夫氏</p>
<p><span>第２回「野鴨集団　日本タンデム・コンピューターズ時代」</span> </strong><br />
<strong>Q　先生今日も宜しくお願いいたします。営業として1台何億もするメインフレームを導入し、多くの実績を打ちたてていたにも関わらず、突如ベンチャー企業の日本タンデム・コンピューターズ（後にコンパックに買収）に移籍されましたね。先生の中で何が起きたのですか？</strong></p>
<p>A　前回も少しお話しましたが、社長であった高柳氏（後のコンパックコンピュータ社長/日本ヒューレットパカード社長）に誘われたこと、そして創業者のジム・トレビック氏のビジョンに感銘を受け「ベンチャーでＩＴの新しい産業を創るんだ」という気概に燃えて転職しました。当時は通信自由化が始まったばかりで、24時間365日オンラインの時代に突入する頃に氏の「ノンストップ・コンピューティング」という考え方は前衛的すぎるぐらい尖っていましたからね。1985年のころです。</p>
<p><strong>Q　しかし「天下のIBM」とまでいわれた大企業からの転職はかなりの覚悟だったのではないですか？</strong></p>
<p>A　当時IBMのエースといわれた高柳氏と共に大きな喜びや苦しい事もありました。やはり規模でいうと我々はまさにベンチャーですから、HEAD TO HEADでの大きな企業との戦いには苦労しました。<br />
特に古巣のIBMと互角に戦い、ある信託銀行の国際オンラインシステムの受注合戦の結果内示を受けながらも最後にひっくり返された苦い敗戦がその後の糧になりました。</p>
<p>そこで戦略的に攻めるために当時はまだオンラインの導入が始まったばかりの流通業やクレジット企業を片っ端から攻めていきました。ちょうどPOSの導入やクレジットシステムの導入による情報武装が差別化につながる時代で、アメリカでは金融よりも単価が安くトランズアクション（取引）の多い流通のほうがＩＴ武装されて進んでいました。また製造業も国際化が進みトヨタや東芝さんのように世界の拠点をネットワークで結ぶメールシステムの導入も始まり既存のメインフレームの発想ではついてこれないエリアを攻略しましたね。</p>
<p>また、当時の大型メインフレームは1台数億、4～5年のリース契約で巨大で高価なCPUを搭載していましたが（冷却は水冷でしか考えられないと言っていた時代、笑）、なんとタンデムは今の時代のPCクラスターのように最初2ＰＵからシステムが構成でき、必要に応じて増設する事ができるわけで、不特定多数のオンライン（POS/ATMとかクレジット照会、メールなど）をはじめるとき費用対効果などを営業で話すと説得力があるのですね。ただシステム構築は技術力を必要とするだけに信頼していただくのが大変でお客様に優秀な方がいないと決断できませんでしたね。</p>
<p>そのようなシステムを営業するにはまさに「次代」を担うムーヴメントとしての使命感があり、単にお金をもうけるだけでなく、ビジョンがありました。ビジョンないところに信念もお客様の共感も生まれないということをメンバーと共有しなければなりませんでした。<br />
<img src="http://blog.jidainokai.jp/image/1995.jpg" border="0" alt="" width="320" height="240" /><br />
1995年タンデム・コンピューターズ創業者であるジム・トレビックCEOと</p>
<p><strong>Q　当時のタンデムはどれくらいの規模だったのですか？</strong></p>
<p>A　営業が私を入れて5人で総勢40名です。ＩＢＭを辞めた当時私は40人以上部下がいたのですが（笑）<br />
転職が珍しいころでしたから当時の社員はベンチャースピリットに溢れた個性的な「野武士集団」でした。しかし自己主張が強く、まとめるのは大変でした。その意味では陣頭指揮しないとついてこない連中ですから面白かったですよ。タンデムの評判があがるとヘッドハンティングも増え、何人かはタンデムを辞めて新興IT外資の社長になるような人もいましたね。</p>
<p>また一方で優秀な人材も多く集まってきました。富士通の自称トップセールスマンだったというような人もきましたね。フリーエージェントの移籍金を払わず優秀な人材が集まってきてくれたのは企業に勢いがあったからかもしれませんね。(笑)<br />
様々な企業から集まってくる優秀な人材を融合して日本タンデムの企業文化を醸成するのには時間が必要でした。その意味ではあとで説明しますが高柳さんが決断した新卒採用と育成が企業文化を創り上げいくうえで重要なことでした。</p>
<p><strong>Q これまたすごいですね。でも40名のベンチャーですよね。</strong></p>
<p>Ａ　やはりビジョンが明確でかつ新しい市場を開拓しようという情熱があったので燃えていたのでしょう。ビジョンをどこにいっても熱く語れないベンチャーはダメですね。今そんなベンチャーが少なくなっているので、私はそういうビジョンをもつ若者が積極的にビジネスにチャレンジしていこうとするのをサポートしようと思っています。</p>
<p><strong>Q　先生からみて今のベンチャーに対しての印象はいかがですか？</strong></p>
<p>Ａ　そうですね。お金を儲けることに対してすべてを否定しませんが、ライブドアの堀江さんがベンチャーに対する見方を変えてしまった感がありますね。もう１つはIPOブームですね。IPOはあくまでプロセスであってゴールではないと私は思います。この２つによってベンチャーが投機的な印象を与えてしまったこと、そしてそんな軽い人材が参入したことはとても残念だと思います。</p>
<p>若いベンチャーの経営者の方々は「自分は何をこの会社で実現したいのか」がとても重要だと思います。とりわけそのビジョンがもつ社会的意義まで考える時代だと思います。IBMに入りたいと思ったのも会社のビジョンに憧れたわけですし、離れたのもビジョンが実現できないと思ったからです。椎名副社長は「IBMの中で日本を売れ」「日本の中でIBMを売れ」という日本IBM独自の考えを説いていて、かつ日本に根付いた企業としての経営方針に私は感銘を受けていたのです。しかし当時の業績悪化などと共にカナダからトップが営業担当専務で来ることを受けいれて方針転換したので転職を決意した次第です。椎名さんはそれを聞いて「お前の顔など二度と見たくない」といわれましたが（笑）</p>
<p><strong>Q とはいえ残る人のほうが多いですよね。どんな感覚でしたか。</strong></p>
<p>Ａ　私がIBM時代学んだ最高の教訓に<strong>「野鴨であれ」</strong>というものがあります。野生の鴨のように「いつでも飛びたてるが、あえてこの池（企業）が今は最もいいのだ、だからここにいるのだ」という心構えですね。当時のIBMにはそのようなビジョン、スピリットそして自信があったのです。<br />
昔は松下幸之助氏もしかり、そのようなビジョンをもった経営者がいたのですね。<br />
私は職を変えた（転職）をしたのではなく会社を変えた（転社）だけで私のビジョンに何も変化はなかったのです。企業は常に優秀な社員を惹きつける魅力（ビジョン）を持ち続けることであり、社員は常に会社と緊張関係の中で仕事を続ける気概が必要でしょう。また企業は独自の企業文化の醸成が必須です。それが社員の企業へのロイヤリティーにもつながります。</p>
<p>高柳氏が経営者としてタンデムで外資系ベンチャー企業に残した大きな功績の一つとして「新卒採用とその育成を続けた」というのがあると思います。外資系ベンチャー企業で新卒を定期採用するのは非常識だったのです。新卒の採用は1年前に決めなければなりませんから四半期決算が常識の世界でかつベンチャー企業では不可能に近いと思われていました。大手外資ですら今の「新卒内定取り消し」みたいなことは日常茶飯事でした。</p>
<p>新卒は白紙のキャンバスに絵を描くようなものでその企業の文化を育んでいく上で重要な役割を演じます。特に企業の理念/ビジョンを摺り込むことですね。時間はかかりますが、それが勢いのある企業を生み出していくことに繋がると思います。<br />
<strong><br />
Q 難しいところですねえ。ところでそんなタンデムでの大活躍の秘訣のようなものがありますか？</strong></p>
<p>Ａ　そうですね、当時3Pと言われた技術力（Professional）があって困っていて（Problem）かつ儲かっている(Profit)企業を狙うことですね。（笑）　これは技術者が少ない先進ベンチャーにとっては重要な戦略ですよ。さらに新しい発想でビジネスを展開しようとする企業のキーマンと意気投合することがとても重要だと思います。そうでないところは何も決められないし、それだけでも時間の無駄ですよ（笑）。<br />
当時NCC（現野村総研）の有賀さん（元CSK副社長）やTISの藤宮さん（現TIS社長）、など若手の技術力のあるオピニオンリーダーの方々がタンデムを評価して応援してくれたので私は助けられてきたのです。<br />
<strong><br />
Q タンデムでそんな成功を収めながら、最終的には、しかも突然日本コンパックに買収されてしまいました。しかし、された側なのに和泉先生は高柳氏と共に経営陣に残るという特異なケースでしたね。この「事件」に関しては次回もう少し突っ込んでお聞きしてもよろしいですか？</strong></p>
<p>Ａ　そうですね、笑い話もあります。ではコンパックによる買収合併のストーリーは次回のお楽しみにしましょう。よろしくお願いします。</p>
<p><strong>Ｑ　宜しくお願いします！</strong></p>
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		<item>
		<title>インタビュー　前日本SGI代表取締役社長　和泉法夫さん　第1回「帝王学を学んだIBM」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2009/01/15/article44.html</link>
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		<pubDate>Thu, 15 Jan 2009 11:18:58 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[「次代の会」会員の皆様　遅ればせながら明けましておめでとうございます！本年も次代の会ブログを皆さんに読んで頂けるように頑張っていきますのでよろしくお願いします。
さて、2009年最初は「次代の会　インタビューコーナー」を [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「次代の会」会員の皆様　遅ればせながら明けましておめでとうございます！本年も次代の会ブログを皆さんに読んで頂けるように頑張っていきますのでよろしくお願いします。<br />
さて、2009年最初は「次代の会　インタビューコーナー」をお送りします。<br />
昨年8月の第１回に続く第2回は前日本SGI代表取締役社長の和泉法夫さんへのインタビューを4回に渡ってお送りいたします。</p>
<p>和泉さんは日本IBMで流通業界を担当された後、1985年日本タンデム・コンピューターズに転職、専務として活躍後、同社の合併に伴い日本コンパック副社長に。<br />
その後1998年日本シリコングラフィックス（現日本SGI）社長に就任され、10年間の期間を経て昨年3月に社長を退任されました。現在は新潟大学脳科学研究所でデジタル医学分野の特任教授をされながら、ビジネス分野では後進の方々を支援する立場で多方面のご活躍をされています。<br />
営業トップランナーとして日本企業のメインフレーム導入をリードした後ベンチャー企業へと転身され、その後日本をリードするグラフィックコンピューター企業の社長というさまざまなフィールドで活躍されたその半生を追ってみたいと思います。 </p>
<p><strong><span>第1回　「帝王学を学んだＩＢＭ時代」</span></strong><br />
<strong><br />
Q　先生今日はよろしくお願い致します。まずはその素晴らしい経歴のはじまりからお聞かせ下さい。先生は上智大学を卒業された後、IBMに入社されたのですね。最初から営業でどんどん結果を出されたのですか？</strong></p>
<p>A　私が入社したのはちょうどオイルショックの直後の1972年でした。「ITで経営を変えたい」という熱い思いを持っていた私は、1970年に理工学部卒業後社会学科に学士入学して経営組織論に大変興味を持っていたので当時のIBMが掲げていた経営哲学や理念に心から惚れ込んでおり、意気揚々、やる気も満々でした。また当時新卒に職種募集をする珍しい企業でしたのでSE職種を希望して採用されました。ところが、入社日直前の3月にいきなり「財務をやれ」と通知を受けたのです。今の内定取り消しよりはましでしょうが。（笑）<br />
入社式で当時の椎名副社長が語ってくれた、企業に問題点があれば遠慮なくエスカレーションしろとか「オープンドア」、「スピークアップ」という椎名節のべらんめい調で開かれた社風、経営信条に感銘を受けていた私は怒り心頭で副社長に「言ってることとやってることが違う！」と直談判を申し込みました。 </p>
<p><strong>Q　え！入社早々社長に直談判されたのですか？？しかも抗議の直談判を？</strong></p>
<p>A　そうです（笑）。でも直後ではないのですよ。やはり大人ですから会社の事情も勘案して与えられた財務という仕事を３ヶ月はまじめにやってみましたがとても私の入社動機である「ITで経営を変えたい」との思いとは関係のない仕事でした。そこで結婚直後でしたが退職も覚悟して「オープンドア」をしたわけです。<br />
しかしさすがですね。副社長が丁度海外出張の当日だったので不在でしたが秘書の方が「オープンドア」とのことで副社長に代わって話を聞き「責任をもって取り次ぎます」と言われました。次の日に人事から「上司に感づかれずに抜けてきなさい」と内線が入り、話にいったところ副社長から電話で指示を受けたのですぐさま「検討に入る」といわれました。<br />
その後社内通達で社内人材募集という珍しい案内が全社員にありました。人事からはこれに応募するようにとの指示です。そんな経緯で通常1年半のセールススクールを、1年での短期促成栽培の営業マンが誕生したというわけです。私と同じように他の部署から希望職種への部署異動を願い出て移ったメンバーも多くいました。 </p>
<p><strong>Q　さすが、経営信条に嘘偽りはなかったわけですね。晴れて営業になってからはどんなお仕事をされたのですか？</strong></p>
<p>A　当時はまさに多くの業界トップ企業が経営戦略としてメインフレームを導入する大変換期でした。私が扱っていたのは１台数億するような大型コンピュータだったので、その規模になると企業の担当者レベルでなく、経営者の経営判断レベルでなければ決済できない。<br />
そこで私は分らないことを分かったような顔をして（笑）「IBMを導入することで御社の経営はこう変わるのです」というプレゼンを1年、長い時は2年かけて行いました。とはいえコンサルタントではなく、全身全霊をかけてそのお客様の為に中に入り込んで信頼感を醸成し、提案していくスタイルでしたね。</p>
<p><strong>Q　そうですね。規模からして片手間でできるはずもないスケールですしね。そんな中、IBMでの大規模システム導入のお仕事で結果を出されていたにも関わらずベンチャーであった日本タンデム・コンピューターズへ転職されたのはなぜですか？ </strong></p>
<p>A　 その当時は今とは全く違って、転職などは基本的に常識的ではありませんでした。そのことを考えると、まさに高柳さん（元日本ヒューレッド・パッカード社長　1985年に日本タンデム・コンピューターズ社長に就任した。和泉氏も同時に転職）が当時日本タンデム・コンピューターズに移られたことなどはまさに「晴天の霹靂」というほど衝撃的な事件でした。<br />
今でこそ珍しくないですが、まさにそういったケースの草がけだと思います。高柳さんは日本IBMの中でもスーパーエリートでした。厳しい状況のなか「自分の都合」でおやめになる（笑）人はいても、自ら転職を選ぶということは常識的ではなかった決断をされたことを知った時はある意味私はとてもショックを受けました。同時に米国タンデムのCEOであったジム　トレビックのコンピュータ業界を変革する壮大なビジョンにも大変感銘しました。<br />
IBMを中心とするメインフレームの全盛期に新しいノンストップコンピュータという斬新な並列処理コンピュータを開発してトランザクションの増大に合わせてCPUを増設していけるという現在のグーグルはじめとする地球規模のオンラインネットワークのシステムの先駆けとなった発想です。<br />
<strong><br />
Ｑ　今次代の会に参加されている方は若い経営者の方も多いのですが、その頃は転職や起業も本当に珍しかったのですね。ましてや和泉さんもＩＢＭでこれから何でもできる！という状況なのであれば尚更だったわけですね。具体的なお話はおいおい聞かせていただくとして、その転職を通じて感じたことは何かありますか？</strong></p>
<p>Ａ　ＩＢＭに限らずですが、どんなにいい企業といわれようとも大企業の特性として「官僚的」ではありますね。ＩＢＭではエスカレーションは認められていましたが、ＩＢＭの私の「オープンドア」の例一つ取っても「上司に黙って来い」というような日本独特の空気感みたいなものがあって、ある程度の年数そんな経験を積むことで、それが読めるようになるわけです。反面教師もたくさん見てきました（笑）<br />
そのように大きな社内の中ではマネジメントの部分では苦労をしますがとても勉強になりますね。<br />
特に新しいことに挑もうとするとき縦割りした官僚組織の壁を打ち破るために苦労してそれぞれの立場も立てながらこちらの思いどおりにしていくことは大変な労力がいります。</p>
<p>しかしそんな苦労も営業で大企業に売り込もうとするときには役に立ちました。(笑)<br />
面白い例がIBMでは諸先輩がSecond　is　Bestという教訓を教えてくれました。<br />
これは初めての製品やソフトには手を出さず常にだれかが苦労してバグ出ししたあと２番手で扱うと楽ができるとの教訓です。これは大変な慧眼(笑)ですが私はどちらかというと好んで１番手を目指しました。理由は簡単で最初のシステムは苦労も多いですが会社が組織を挙げて対応するようになります。<br />
ただその際重要なことはお客様を人質にしておくことです。(笑)お客様という錦の御旗を掲げて会社の対応を迫ると官僚組織も打ち破れます。<br />
いいところも悪いところもありますが、大きな組織に入るなら、歯を食いしばってでも１０年くらいは頑張ることが大事だと思います。</p>
<p>その意味ではベンチャーしか経験のない経営者の方はその苦労を知らない部分、正直に後で大変だとも思います。全てではありませんが、それを経験しないが為に、ベンチャーで挫折する経営者の方には全てを他責にする傾向もあったりしますが、その中でも一度ベンチャーで壁にぶつかって挫折してもそこから立ち直ってくる経営者の人は逆に大きく育ちます。<br />
日本ではベンチャーの失敗者は救われない風潮ですが、その中で立ち上がってきた彼（次代の会第1回講演　テックファーム筒井社長　ＣＴＯでありながら上場直前に㈱ハイパーネットで倒産を経験。その後10年で上場）などは稀有なケースだといえますね。私はタンデムの時代にさまざまな新しい発想のネットワークビジネスをシステム面で支援してきましたがハイパーの斬新なアイデアは時代より少し早すぎたのでしょうね。このハイパーの発想はその後、当時2人の副社長であった夏野さんがドコモのiモードで活躍し筒井さんがテックファームでの上場につながるのですから新しいチャレンジ精神は重要ですね。</p>
<p><strong>Ｑ　なるほど、筒井社長も苦労された末に自らの経営哲学を確立されたとお聞きしましたからね。<br />
しかし、そんな和泉先生もIBMからベンチャーへ転職されたお一人です。そこにはまたスゴイエピソードがありそうですね。当然ＩＢＭで学んだ帝王学もそこには活かされていると思われます。<br />
次回は、日本タンデムに移られてからの挑戦の日々のお話をじっくりお伺いできればと存じます。<br />
宜しくお願いします。</strong></p>
<p>Ａ　こちらこそよろしくお願いします。</p>
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		<item>
		<title>インタビュー　元日本IBM取締役副社長　丸山力さん　最終回　「次代の経営者へのメッセージ」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2008/09/04/article91.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2008/09/04/article91.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 04 Sep 2008 12:54:46 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[「次代の会インタビューコーナー」　4回にわたってお送りした元日本IBM取締役副社長　丸山　力（つとむ）さんのインタビューもついに最終回。
丸山さんは１９９０年に世に出された、IBMのパソコンを特別なハードを使わずに日本語 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「次代の会インタビューコーナー」　4回にわたってお送りした元日本IBM取締役副社長　丸山　力（つとむ）さんのインタビューもついに最終回。<br />
丸山さんは１９９０年に世に出された、IBMのパソコンを特別なハードを使わずに日本語環境で使用できるOS「DOS/V」の開発から営業まで一貫して関わったいわば「DOS/V生みの親」。<br />
今日は次代の経営者に送るメッセージをお伺いしました。</strong><img src="http://blog.jidainokai.jp/image/imgp3425.jpg" border="0" alt="maruyama1" width="431" height="323" /></p>
<p><strong>Ｑ　先生、いよいよこのインタビューも最終回です。これまでのお話も大変興味深く、勉強させて頂きましたが、次代の会に参加されている若い経営者の方へのメッセージを中心にお話をお聞かせください。</strong></p>
<p>Ａ　そうですね。これからの経営者の方は世界を舞台にして活躍することも踏まえ、前回お話した英語力の他に<strong><span>「マーケティング」、「ファイナンス　財務」そして「リーガル　法律」</span></strong>、この３つが技術と同じくらい重要だという認識にたって活動すべきだと思います。</p>
<p>　日本では過去の成功体験により、「いいものをつくったから売れるだろう」とよく考えがちですが、今の市場は、商品・サービスの売れる仕組みを真剣に調査・検討するという「マーケティング」に力を入れ、そして戦略的な営業をしないで売れるほど甘くはありません。</p>
<p>　ベンチャー企業の場合、ベンチャーキャピタルがその会社の事業シーズを非常に有望だと認めれば、「マーケティング」をも支援してくれる場合もあります。しかし、そうでない場合は自分でやらなければなりません。<br />
　ファイナンスに関してはキャッシュフローをしっかり理解し、投資判断をすることです。複利計算でうまく利益が出る仕組みを考え、財務の指標によってプロジェクトのGO/NO-GOを決定するのが基本だと思います。<br />
　リーガルに関しては、日本とアメリカでは法律の条文に違いがあり、また日本は成文法がベース、アメリカは判例法がベースと法律の作られ方やそれぞれの文化や歴史的背景に違いもありますが、法律的な作文におけるロジカルな考え方は共通です。経営者の方がしっかりとその考え方を理解し、契約や知財などを自身で確認し、思わぬ失敗を未然に防ぐ必要があると思います。<br />
一般のビジネスにおいても新しいやり方を考え出した場合、常に法律全般に照らし合わせ問題は無いかの検証をしておく必要があります。<br />
これからの時代、海外企業との協調や競争によるビジネスが多くなると思います。その時、日本企業は常に法律的視点で自身の立ち位置を確認、防御しておかないと、いざというときに一方的に押されてしまうのではないかと危機感を感じています。</p>
<p><strong>Q　知財や特許などに関する日米企業同士の裁判では100%日本の企業が負けるということは、以前に知人から聞いたことがあります。<br />
前回に引き続き、やはり海外企業との競争をこれからの経営者の方は念頭においていかなければならない時代になっているということなのですね。</strong></p>
<p>Ａ　日本企業は、競争だけでなく協調も考えながら海外企業と付き合う戦略を作る必要があります。その時に、先ず今の世界の環境をどう捉えるかが問題になります。<br />
世界の環境を表現する言葉で最もホピュラーなのはグローバリゼションでしょう。しかしこの言葉はあまり各国の意図、ダナミックスを表現していません。トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」はかなりそれを表現していると言えます。地政学という学問があります。昔は国家を組織体と考え、「生存圏」を確保する権利があると資源を求めて他国を併合していった際の考えの根源だといわれ、印象悪く捉えられがちな学問なのですが、現在は経済の要素を加えた地政学が議論されています。これからは世界の環境を地政学的に理解し、企業もそれにうまく合わせた経営をしてゆかなければならないと思っています。</p>
<p>「フラット化する世界」では10個のフラット化の要因を説明しておりますが、私は今の世界の経済のダイナミックスを読み解く鍵は<strong><span>「光ファイバー」「為替」「石油」</span></strong>にあると考えています。</p>
<p>他にもさまざまな要素がありますが、先ずはこの３つがどう絡んで動いていくかということを念頭において自分の会社なりビジネスなりを判断してゆかなければ、世界の経済の流れに棹をさすことになるかと思います。<br />
　「光ファイバー」はその威力を常に念頭に置いてビジネスを考えていただきたいと思っております。世界的なITバブルの崩壊が世界的な格安光ファイバー通信基盤を残しました。その結果、情報の瞬時の送受がただ同然になり、例えば世界中からインドへITサービスのアウトソースがされております。<br />
　「為替」は言うまでもないと思いますが、上記インドへのITのアウトソーシングも、世界の工場と言われる中国も共に先進国との間の為替の格差により成り立っているとも言えます。<br />
　昨今、「石油」の高騰によって世界の経済が揺れています。ブッシュ大統領は2006年2月に“America is addicted to oil”と言っておりますが、日本も毎日の生活に石油が体内脂肪のように隅々まで浸透しています。石油を国内で直接使うガソリン、燃料だけでなく、石油化学製品、はてはフードマイルと呼ばれる世界各国から日本への食料の移送にまで石油価格は影響しています。しかしこれは石油がこれまで他のエネルギーに較べ格安であったために出来上がった経済の仕組みです。世界の石油の産出量がピークになる「ピークオイル」が現実のものになりつつある今、石油価格は高い物だという仮定でビジネスを組み直す必要があります。</p>
<p>　以上、世界の経済のダイナミックを読み解く鍵を説明しましたが、もちろん読み解いただけではビジネスにはなりません。それらにどう対応するかの戦略が必要です。</p>
<p>　ダイナミックに環境が変化し、同時に消費者の嗜好も変化、多様化している中でマーケティング手法も消費者の変化を取り込んだものになっています。しかし基本的な勝利の方程式はそんなに変化してはいません。世界の企業の多くが使っているいくつかの例を挙げますと、<strong><span>① スケールメリットを生かす、② 為替の格差を利用する、③ 情報システムによる最適化を図る、④ 経済におけるエコ・システム(参加者の共存共栄システム)を構築する、⑤ 先行逃げ切りを図る、⑥ キラーアプリケーションを提供する</span></strong>、などがあります。これらは皆さんには当たり前と感じられるかも知れません。しかしこれらを徹底的に追求することで、多くの企業は差別化ビジネスに成功しております。<br />
　特にネット上で成功している会社は多くの場合これらの勝利の方程式を複数備えたビジネスモデルを構築しています。<br />
　<br />
　例としてネット企業の代表格Amazonのビジネスモデルを詳しく見てみましょう。<br />
Amazonはネットによる書籍販売から始まった事はみなさんご存じだと思います。　しかし今のAmazonはウェブ・サービスのインターフェースを広く一般に提供し、それによって大きな収益を得るシステムを構築しているのです。世界中で5000万人以上の人々がAmazon.comに登録して商品を購買しています。そこには何10万の人々が出店しており、更に何10万のウェブサイトからリンクが張られ、それらの活動を支援するため20万を超えるウェブプログラマーも登録されています。消費者が商品を購入する度に、それがAmazonに出展している他の会社のビジネスであっても、クレジットカードで決済を行い、Amazonにチャリンチャリンとお金が落ちる仕組みです。つまりAmazonはネットによる書籍販売で「先行」し、5000万人以上の登録者という「スケールメリット」を最大限に活用し、ウェブ・サービスのインターフェースを軸に壮大な「エコ・システム」を作り上げているのです。</p>
<p>　先週触れましたように、今の日本企業の課題は、グローバル化、BRICsの台頭、そして最近では石油価格の高騰などの環境変化に対応したビジネスモデルへ、いかに転換できるかにあるのです。<br />
既存の企業には転換を阻む数多くの制度を含むしがらみが存在します。しかし、しがらみが重くとも後戻りはできません。また見方によっては新興の企業はしがらみが無く、自由に羽ばたけるとも言えます。各界の経営者の方々、また目指す方々が、今の日本の地政学的な環境をはっきりと認識し、大胆な次の一手を打って欲しいと思います。</p>
<p><strong>Q なるほど、日本の企業が大きな意味での転換期に来ているわけですね。<br />
世界的な見地を俯瞰しながら、新しい経営者も日本的なしがらみや慣習を乗り越えて自由に羽ばたけるチャンスであるという言葉は、グローバルな現代社会での日本の経営者に対する心強い応援のメッセージですね。<br />
とても勉強になりました。また時間を見つけてこのコーナーでお話をお伺いできればと思います。よろしくお願い致します。ありがとうございました。</strong></p>
<p>Ａ　はい、ありがとうございました。</p>
<p>　　(完)</p>
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		<item>
		<title>インタビュー　元日本IBM取締役副社長　丸山力さん　第３回　「日本企業の課題」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2008/08/28/article96.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2008/08/28/article96.html#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 28 Aug 2008 12:57:52 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[次代へ伝えるインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[「次代の会インタビューコーナー」　第３回目も、前回に引き続き元日本IBM取締役副社長　丸山　力（つとむ）さんにお話をお伺いしました。
丸山さんは１９９０年に世に出された、IBMのパソコンを特別なハードを使わずに日本語環境 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong>「次代の会インタビューコーナー」　第３回目も、前回に引き続き元日本IBM取締役副社長　丸山　力（つとむ）さんにお話をお伺いしました。<br />
丸山さんは１９９０年に世に出された、IBMのパソコンを特別なハードを使わずに日本語環境で使用できるOS「DOS/V」の開発から営業まで一貫して関わったいわば「DOS/V生みの親」。<br />
今日は日本企業の課題に関してお話をお伺いしました。</strong></p>
<p>Ｑ　先生、前回まではDOS/Vと液晶の開発と営業にいたるまでのエピソードや苦労話などを聞かせて頂きました。前回のお話にもありましたが、今日は日本企業の課題に関してお考えを聞かせてください。</p>
<p>Ａ　<strong>今の日本企業の課題はグローバル化、BRICsの台頭、そして最近では石油価格の高騰などの環境変化に対応したビジネスモデルへ、いかに転換できるかにあると思います。今日はそれを妨げていると思われる日本人の英会話力についてお話します</strong>。</p>
<p>　日本の企業のグローバル化の遅れの原因の一つに日本人の英会話力の低さがよく挙げられます。この点には異論も多いのですが、私はその通りだと思っています。色々な商品をグローバル展開する時に、勿論商品そのものに競争力があることは有利ですが、それらの商品を流すまでの仕組み作り・ルール作りには会話力が重要です。この場合、的を得た会話ができるためのビジネス地域の背景(文化)の理解も含まれます。<br />
ネット関連産業がグローバルに展開しようとする場合、自分の意図をネット経由で直に他国の人に伝える必要がある場合にも語学力が基本となります。このような議論をすると必ず、「英会話力はそんなに強くなくても、自分がしっかりした考えを持ってさえいれば相手は聞いてくれる」と仰る方々がいます。確かにその方々はそのやり方でこれまで成功しておられます。<br />
しかしその成功の多くは、日本の経済が強く、「もの」や「技術」そのものが説得力を持った故ではなかったかと思います。今やその勝利の方程式はBRICsに移っています。つまり今の日本は、私たちの商品やサービスの価値を知らしめ、そして自身の望むビジネスのルールを勝ち取るために、自らの言葉で世界の人々を納得させる必要がある時代になっているのです。</p>
<p>Q　なるほど、やはり原点は海外とのコミュニケーションだということですね。どうしたら英語が上達するか、それはずっと日本では課題とされてきたことだと思いますが。</p>
<p>A　私はアメリカでの仕事の経験を通じて長く「英語はヒアリングだ」とまわりに言ってきました。「相手の言うことが100%理解できればイエスとノーだけで会話を2時間持たせることもできる。」とうそぶいてもいました。しかしその「ヒアリング」を習得する事が日本人には大変なのですね。<br />
ネットで調べると、日本語と英語の発音では周波数帯域に違いがあるらしいのです。日本語は1500ヘルツ以下の周波数に収まっており、英語は1500ヘルツ以上の周波数を多く使う言葉だそうです。しかもある周波数帯域を聞き取れるかどうかは10才頃に決まってしまうそうです。日本語環境で10才まで生活していると1500ヘルツ以上の音を聞き取る神経が縮退し、代わりに1500ヘルツまでの音に対してはアメリカ人以上に繊細な聞き分けができるとのことです。<br />
私自身この説に近い経験をしています。私は会社に入った25才から英会話を始めた典型的な日本人なのですね。会社勤めの33年間、英語を話す機会は人並み以上にありました。特に最後のほうの6年余りは毎月アメリカで会議に参加していたのです。 耳慣らしのために日本では毎日CNNを聞いていましたが、それでも渡米して最初の2日は英語を聞きづらいのですね。3日目からは1500ヘルツ以上の周波数の音を聞き分ける神経が芽生えたように英語が聞き取れるようになりました。しかしその芽生えた神経も成田に着くと10分で無くなってしまうのです。</p>
<p>　残念なことに、この説では10才までに英語圏で過ごした経験の無い多くの日本人にとって英会話能力を向上する方法が無いと言っています。<br />
　このままでは諦めきれず、ある週末にいい方法はないかと5時間位ネットを検索いたしました。いらしたのですね、10才までに1500ヘルツ以上の音を聞き取る神経ができていない日本人でも「英語のヒアリング能力」を向上させる方法を編み出した方が。<br />
その方によると「英語のヒアリングは正しいスピーキングができると可能となる」のだそうです。人間は自分で発音できるものを雑音ではなく、言葉として理解するのだ、という説です。<br />
早速その方を訪問して私の「発音矯正」をやって戴きました。1日だけだったので、私のヒアリングがどのくらい向上したかは分かりませんが、その方の理論は正しそうには感じました。<br />
　その方と話しましたが、英会話学校は多くありますが、日本人に対して英語のネイティブに近い発音を指導できる先生は非常に少ないそうです。という事はネイティブな発音を求めている人数が少ないということになります。日本の多くの人はネイティブな発音レベルまでは求めず、旅行に楽しく行ける位の英会話を求めているのかも知れません。そして言い換えれば日本ではネイティブな発音を必要とするビジネスの場面が非常に少ない、またはネイティブな発音を必要とする場面を作りたがらないのでは、ということにもなります。</p>
<p>　私はグローバル化した世界で日本のビジネスが存在感を出すためには、ネイティブな発音ができる人財が数多く必要だと思っています。そのためにはネイティブな発音を指導できる方々が少なくとも3000人くらいは出てきて、日本人が10歳すぎてもネイティブな英語の発音が習得でき、その結果英語のヒアリングも習得できるという環境を作るべきだと思っています。できれば私自身「ヒアリングはスピーキング」という説を検証し、それをビジネスとして手頃な価格で展開したい、とさえ思っています（笑）。<br />
今私が教えている学生とも話すのですが、今の発音矯正の授業料では学生にとっては高額過ぎて手がでません。ということは外資系の会社の社員とか余程裕福な人しか行けていないのではと想像しています。</p>
<p>Q 　うーん、英語の力というのはやはり大きいですねえ。その先生の発音矯正クラス、私も取ってみたいです。<br />
ところで先生が前回「緻密な考え方と手先の器用さ、そして為替の安さ」が強みであり、モノがものをいう「無声ビジネス」によって今まで日本が成功していて、現在は中国やインドが成功しているモデルだとおっしゃっていましたが、今後日本も世界市場で発展する為には英語力をつけた「有声ビジネス」が必要となるのですね。その必要性がより深く実感をもって伝わってきました。</p>
<p>先生、あっという間に来週は最終回です。「有声ビジネス」の成功に必要なその他の要素に関してもお話を聞かせてください。よろしくお願いします。</p>
<p>A　はい、よろしくお願いします。</p>
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