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	<title>次代の会</title>
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	<description>次代の会</description>
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		<title>アルファグループ株式会社　代表取締役社長　上　岳史氏　第2回「盛和塾との出会い」　（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/03/07/article430.html</link>
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		<pubDate>Sun, 07 Mar 2010 13:07:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演内容連載BLOG（毎週金曜更新）]]></category>

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		<description><![CDATA[企業活動を行う上での生命線は業界・時代を問わずに「営業力」であることはいわずもがなである。その形式はさまざまであるが、モバイル事業、オフィスサプライ事業、ウェブマーケティング事業、人材事業などの「営業」に特化した事業展開 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>企業活動を行う上での生命線は業界・時代を問わずに「営業力」であることはいわずもがなである。その形式はさまざまであるが、モバイル事業、オフィスサプライ事業、ウェブマーケティング事業、人材事業などの「営業」に特化した事業展開で、日本初の「営業商社」を目指すアルファグループ。<br />
今回の次代の会　講演ブログは、大学在学中の1994年にグループの前身となる株式会社プラスアルファを設立し、その後事業拡大とともに組織改変をしながらアルファグループ株式会社を設立、2004年には同社をJASDAQ市場へ上場させ、現在に至るまでに関連会社含め4社のホールディング制をとりながら成長を続けている同社の代表取締役社長　上　岳史氏の軌跡を辿ってみたいと思う。</p>
<p><img class="alignnone size-medium wp-image-436" title="IMG_1266" src="http://jidainokai.jp/wp-content/uploads/2010/03/IMG_1266-300x199.jpg" alt="IMG_1266" width="300" height="199" /></p>
<p>アルファグループ株式会社　代表取締役社長　上　岳史氏</p>
<p><strong><span style="color: #0000ff;">第２回「盛和塾との出会い」</span></strong><br />
高校生時代、理想の「カッコいい」大学生になるため高校を中退し、アメリカに留学した上氏。その後、大学在学中の目標として定めた「起業」を実現し、2004年にはJASDAQで上場を果たすまでになる。「カッコよさ」にこだわりながら、自らのゴールを明確に定め、その実現のために最大限の努力を続けて結果を出してきた氏はどのようにそのロードマップをひき、歩んできたのだろうか。その過程でどのようなきっかけ、変遷があったのだろうか。</p>
<p><strong>「皆さん同じではないかと思いますが、上昇志向の塊、野心を抱いて起業したあと3年目までは給料15万、殆ど寝ずに仕事に取り組む生活でした。当時たまたま携帯電話という商材に出会ったことで事業が順調に推移し、4年目には月に1,000万円くらいの黒字を出せるようになったのです。そこで生意気にも中古ではありますがベンツに乗ったり、ロレックスをつけて銀座などに行くような遊びを始めてしまったわけですね。</strong></p>
<p><strong>しかし銀座で高いお酒を飲んでいてもどうも面白くないんです。飲んでいて「何のために仕事をしてたんだっけ？」と。起業して働いてきた意味を見失ってしまったんですね。ある程度成功したそのステージでは、自分がご飯を食べていくには困りません。しかし、従業員はどうでしょう。<br />
自分が夜9時くらいに飲んでいても従業員は働いてくれています。彼らは私の後輩で、非常に地頭（じあたま）のいい子達ばかりです。弊社が大きく成長した理由の一つに、こうした優秀な人材が骨身を惜しまず頑張ってくれたことがあります。そんな彼らが将来を不安に感じているかもしれない、と気づいた。彼らを食わせていかねばならないのに、私がこんなことをしている場合ではない、今のままではまずい、と我に返ることができました。</strong></p>
<p><strong>それから模索する日々が始まりました。経営の神様といわれる松下幸之助翁の本を読み漁ったのですが、目から鱗の連続だった。私が考えていることと全く逆のことが書かれているのです。その内容に強い衝撃を受けて、まずはマインドを実践してみようと思ったのですが、人間、いきなり逆のことはなかなか実践できません。</strong></p>
<p><strong>そんな時に知人から『稲盛和夫さん（京セラ、KDDI創業者）の著書【成功への情熱】がいいよ』と教えてもらった。読んでみたら非常に面白い。稲盛さんは松下翁と違って今でもご健在ですから、会ってみたいと思って調べると、『盛和塾』という若手経営者が学ぶ会があるという。そこで、入塾することにしました。」</strong></p>
<p>氏曰く、会社が順調になった時期はある意味「天狗」になってしまったが、幸い自分を客観的に見つめるきっかけがあった。そのとき感じた違和感から抜け出したいと思い、本を通じて稲盛和夫氏の主催する盛和塾に出会ったのが転換点だったという。そこでこの盛和塾について語ってもらった。</p>
<p><strong>「当時は今と違って入塾の審査がとても厳しかったですね。面接は、上場企業の社長さん相手に経営に関する理念や哲学を語る、といった内容でした。塾生（会員）はみなさん、とても真面目。経営者としてのマインドをしっかり持っていない人は、入塾しても違和感を感じてしまうかもしれません。全国各地で約5,000名の塾生がおり、具体的な活動内容は、地域ごとに開催されている月例会議や勉強会への出席です。月1回は稲盛塾長もお見えになり、時には全国会議や、年間表彰などもあります。非常にいい『気』をもった人が集まる会ですね。」</strong></p>
<p>この盛和塾は、もとは京都の若手経営者が京セラ㈱の稲盛名誉会長から人生哲学、経営哲学を学ぼうと始まった自主勉強会がその発端だそうだ。現在日本全国のみならず、ブラジルやアメリカなど海外にもその塾生を擁する大きな組織となっている。大学時代に起業し成功を収めたものの、真の経営者としてのマインドを得るためにさらに一段高いステージを自ら見つけて飛び込んだのが、この盛和塾であったという。氏が経営者として多くを学ぶ盛和塾。入会を社員に勧めたり、興味をもって参加したいというような従業員はいるのだろうか。</p>
<p><strong>「昔は勧めていましたが今はしていませんね。私は、経営者と従業員という、それぞれ別の職業についていると思っていますし、求める役割を明確に分けて捉えています。彼ら従業員に対しては経営者というマインドを持ってもらう必要はないですし、ましてや彼らが私のプレッシャーを感じる必要性は全くないと思います。」</strong></p>
<p>自らが実践した盛和塾での経験を従業員と共有するか、という質問に対し、非常に明確な答を氏はもっていた。経営者と従業員はそれぞれ全く別の職業であり、それを無理に共有する必要性は全くないという。まさに経営者としての氏のスタンスが非常に色濃く反映されているという印象を強く受けた。</p>
<p>実はそんな氏が経営者として率いる同社は、昨年まで二人の代表による経営体制を敷いていた。明確な経営哲学をもつ二人の代表制は、同社の経営にどのような影響を与えていたのだろうか。<br />
次回は昨年まで同社が導入していた「二人代表制」と、土日を全て費やして取得したという「MBA資格」に関しても触れ、氏の経営者としての輪郭をさらにはっきりと映し出してみたい。</p>
<p style="text-align: right;">（第3回に続く）<br />
敬称略　取材・執筆　柳澤史樹</p>
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		<item>
		<title>アルファグループ株式会社　代表取締役社長　上　岳史氏　第1回「カッコよさにこだわる生き方」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/03/02/article428.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2010/03/02/article428.html#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 02 Mar 2010 02:55:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演内容連載BLOG（毎週金曜更新）]]></category>

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		<description><![CDATA[企業活動を行う上での生命線は業界・時代を問わずに「営業力」であることはいわずもがなである。その形式はさまざまであるが、モバイル事業、オフィスサプライ事業、ウェブマーケティング事業、人材事業などの「営業」に特化した事業展開 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>企業活動を行う上での生命線は業界・時代を問わずに「営業力」であることはいわずもがなである。その形式はさまざまであるが、モバイル事業、オフィスサプライ事業、ウェブマーケティング事業、人材事業などの「営業」に特化した事業展開で、日本初の「営業商社」を目指すアルファグループ。<br />
今回の次代の会　講演ブログは、大学在学中の1994年にグループの前身となる株式会社プラスアルファを設立し、その後事業拡大とともに組織改変をしながらアルファグループ株式会社を設立、2004年には同社をJASDAQ市場へ上場させ、現在に至るまでに関連会社含め4社のホールディング制をとりながら成長を続けている同社の代表取締役社長　上　岳史氏の軌跡を辿ってみたいと思う。</p>
<p><img class="alignnone size-medium wp-image-433" title="IMG_1265" src="http://jidainokai.jp/wp-content/uploads/2010/03/IMG_1265-300x199.jpg" alt="IMG_1265" width="300" height="199" /></p>
<p>アルファグループ代表取締役社長　上　岳史氏</p>
<p><strong><span style="color: #0000ff;">第1回「カッコよさにこだわる生き方」</span></strong><br />
上氏は今年38歳。見た感じは非常に若々しいが、話し方には落ち着きが感じられる。ビジネスの場で多くの経験を重ねてきた、といった第一印象である。氏は大学在学中に同社の前身である㈱プラスアルファを起業したということだが、起業家としての出発点は何だったのだろうか。</p>
<p><strong>「最初の大きな人生の転機は、高校中退でしょうか。上場企業の社長の中で高校中退の経験をもつ人間はそうそういないと思いますが、私は高校を2年で中退して、アメリカに留学しました。<br />
私は中学時代から「カッコよさ」にこだわっていて、当時のそれは「BMWで彼女を迎えに行く慶（應）大生になる」ということでした（笑）。しかし高校時代に遊びすぎてしまって、慶應大学に行くため気持ちを切り替えて勉強しようにも、なかなか周りの仲間と付き合いがきれない。そこで、アメリカに留学すれば勉強に集中できるし、慶應をめざすサクセスストーリーを描けて箔もつく、と（笑）。そんな理由から、思い切って高校中退してアメリカへ向かったのです。</strong></p>
<p><strong>　留学先はカリフォルニアの片田舎の高校でした。そのまま2年生に編入したでは、帰国してから再度日本で高校に戻らなくてはなりません。スキップ制度というものがアメリカにあることを聞いていた私は、面接の際先生にプレゼンしたんです。『自分が日本で通っていた高校は東京でも有数の進学校で、この高校の2年生の内容は全て履修済みだ。ついては3年に編入させてくれ』と。運よくプレゼンは成功し、3年に編入することができました。アメリカには1年間滞在して帰国しました。そんなわけですから、高校は日米あわせて実質2年と2ヶ月の在籍。1年と短期間ではあったものの、留学中周囲の仲間ともコミュニケーションは取れていたと思います。」</strong></p>
<p>冒頭に受けた「落ち着いた印象」とは少々異なるエピソードが飛び出し、ギャップは大きい。<br />
ただ、自らが定めた「カッコよさ」の追求の為に即座に留学を決意し、留学先の高校でのスキップ編入を成功させたりするあたりには、常に結果を出す人間が共通して持つ「行動力」と「決意」、「努力」が感じとれる。帰国後大学在籍中に起業をするわけだが、入学したのは果たして慶應大学だったのだろうか。</p>
<p><strong>「1年の留学を無事終え、帰国した後に慶應を受験したのですが、受けた学部は全て落ちました。<br />
結局一浪して上智大学に入学しました。常に前を向き、次の『カッコいい』ステージを探して行動するのが私のモットーです。そして見つけたステージは、『大学在学中に起業する』ということでした。起業し、株式会社を作るために1,000万が必要だと誰かから教えてもらった私は、がむしゃらに働いて在学中にそのお金を貯めることに成功しました。その上、夢だったBMWもキャッシュで手に入れることができました。<br />
1,000万円貯めた手法というのは、SP専門の広告代理店のような事業です。自分と同年代の若い子向けにサンプリングやアンケートをしたりする、代理店のおままごとレベルの内容でしたね。その後、大学4年で正式に起業をしたのです。</strong></p>
<p><strong>起業の際にやろうと思っていたことが３つあります。<br />
１つは『いまやれることをやろう』ということです。これはまさに起業前にやっていたおままごとレベルのものを形にしてビジネスとして展開することです。<br />
２つめは『語学学校』。当時、大学にはアジアからの留学生が多くいたのですが、彼らは自国では裕福な家庭の子女だったり国費留学生だったので、非常に優秀だった。にも関わらず、アルバイトの仕事があまりなかったのです。私はアメリカにいた頃に現地のアニメ好きな友達に日本語を教えてお金をもらった経験があったので、日本でも同じようなビジネスモデルで、人のマッチングをしたらいいんじゃないか、と思いついた。そこで当時東京にいた留学生の殆どに登録してもらって、生徒と学生のマッチングを行いました。<br />
３つめは『ベトナム関係の仕事』。語学学校の先生の中に、ベトナム人で現地に非常に大きなネットワークをもっている人がいて、その人を役員に据えてベトナム関係の事業を展開しました。」</strong></p>
<p>このあたりから氏のバイタリティとその行動力に基づいた事業がスピードを上げ、事業家としての片鱗を見せ始める。時代はバブルとはいえ、ニーズを見抜く先見の明があったのだろう。</p>
<p><strong>「うまくいえば仮説ですが、殆ど妄想に近いともいえます。当時はとにかく、何がお金になるのだろうということを真剣に考え抜き、一生懸命やりました。当時は、今と違って学生ベンチャーとして起業する人はほとんどいませんでしたね。」</strong></p>
<p style="text-align: right;">そうした時代背景の中で起業した氏は、3年半もの間、月給15万、ほとんど会社に泊まりこむ日々を過ごしたという。次回はいよいよ本格的に事業展開を始めてから上場するまで、氏ならではのカッコよさをどう具現化していったのか、そのエピソードを語って頂こうと思う。</p>
<p style="text-align: right;">（第2回に続く）<br />
敬称略　取材・執筆　柳澤史樹</p>
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		</item>
		<item>
		<title>第二十回『次代の会』開催のご案内</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/02/25/article424.html</link>
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		<pubDate>Thu, 25 Feb 2010 09:31:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fuku@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>

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		<description><![CDATA[☆第２０回『次代の会』☆
～今の経営者と未来の経営者が集う～
のご案内
□ご挨拶：
「次代の会」記念すべき第二十回目開催のご案内です。
３月の会は、第３木曜日の１８日に開催予定です。
今月も是非ご参加ください。
□講演ゲ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>☆第２０回『次代の会』☆<br />
～今の経営者と未来の経営者が集う～<br />
のご案内</p>
<p>□ご挨拶：<br />
「次代の会」記念すべき第二十回目開催のご案内です。<br />
３月の会は、第３木曜日の１８日に開催予定です。<br />
今月も是非ご参加ください。</p>
<p>□講演ゲスト経営者：<br />
齋藤茂樹氏（さいとう　しげき）氏<br />
（現SIP株式会社 CEO　元株式会社デジタルガレージ代表取締役COO)<br />
・東京大学経済学部卒業<br />
・1985年に民営化一期生としてNTTに入社。大企業向け通信ネットワークの販<br />
売・構築、料金・サービス契約約款のデザイン、認可業務等を担当、1994年退職。<br />
・1997年、米国マサチューセッツ工科大学スローンスクールにてハイテクベン<br />
チャーの経営を学びMBA取得。<br />
・ネットスケープ・コミュニケーションズ入社、日本市場でのポータル・ビジネ<br />
スを統括。<br />
・株式会社デジタルガレージCOO　大手企業からの受託的ビジネスを収入としな<br />
がら大手企業と共同してインターネットの新規事業を開発するスポンサード・イ<br />
ンキュベーション・ビジネスの手法を開発。平成12年にJASDAQ市場へ公開。公開<br />
後は代表取締役としてカカクコム、イーコンテクストなどグループ全般の企業を<br />
担当。<br />
・現SIP株式会社 CEO　ITを中心に新イノベーション分野を含めて、投資先企業<br />
とのビジネス・クリエーションを進めるハンズオン投資を実践中。<br />
・デジタルハリウッド大学院教授</p>
<p>□「次代の会」コンセプト：<br />
『今の経営者と未来の経営者が集う』経営者の課題“次代を担う人材の発掘と育<br />
成”、将来の経営者候補の課題“目指すべき理想の経営ビジョンを体現している経<br />
営者との出会い”。『次代の会』はそんな両者が出会う機会と場所を企画・用意<br />
いたします。また、全員がゆっくりとお話できるように４０名という限られた人<br />
数で実施いたします。</p>
<p>□参加方法：<br />
以下のWEBフォームにてお申込み下さいますようお願い致します。<br />
申込は<a href="https://pro.form-mailer.jp/fms/05ad596f685">こちら</a></p>
<p>折り返し参加受付完了のメールが自動送信されます。<br />
※先着順になりますので、定員を超えた際にはお断りすることもございますの<br />
で、予めご了承ください。</p>
<p>□開催概要/会場<br />
★日程：２０１０年３月１８日（木）<br />
時間：18時半開場、19時開始<br />
会場：首都圏ソフトウエア協同組合会議室　（泉岳寺）<br />
住所：<a href="http://www.syutoken.or.jp/map.html">東京都港区高輪2丁目15番地8号グレイスビル泉岳寺前</a></p>
<p>★基調講演会<br />
人数：４０名限定<br />
会費：4,000円<br />
時間：18時30分開場、19時00分開始<br />
会場：<br />
★タイムテーブル<br />
＜開始＞<br />
├名刺交換time<br />
├主催挨拶・講演者紹介<br />
├講演<br />
├参加者１分間スピーチ<br />
├名刺交換time<br />
└次回開催概要アナウンス</p>
<p>主催：一般社団法人　次代の会<br />
<a href="mailto:staff@jidainokai.jp">問い合わせ先</a></p>
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		</item>
		<item>
		<title>日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役執行役員　井上修氏　最終回「世界への気概」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/02/22/article420.html</link>
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		<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 03:16:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演内容連載BLOG（毎週金曜更新）]]></category>

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		<description><![CDATA[現代社会において、全ての企業活動は、法律や司法に伴う、法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>現代社会において、全ての企業活動は、法律や司法に伴う、法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュースは、法務の重要性を一般市民の間にも浸透させるに至っている。</p>
<p>今回次代の会では、その法務業務のスペシャリストである日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役であり、知財・法務統括本部長である井上　修氏をお招きした。法務という仕事について語って頂きながら、氏自身の人生観などを併せて追ってみたいと思う。</p>
<p><strong><span style="color: #0000ff;">最終回　「世界への気概」</span></strong></p>
<p>シリコンバレーから帰国後、仕事のやりがい、おもしろさを求めてベンチャー企業に就職した氏は、その後錚々たる大企業の法務を中心にしたキャリアを積み重ねていく。その経験も全てが氏にとってよいものばかりだったとはいえないところに、今まで取材した多くの経営者と同じような人生の軌跡を垣間見ることができる。</p>
<p><strong>「ベンチャーの後には米国系ネット通販の会社に入社しましたが、ベンチャーの中で自分たちが会社を動かす面白みを知ったので、アメリカの100％子会社で働くことに違和感を感じ、1年で転職しました。そのときに貰っていたストックオプションの付与価格は数ドル、今は140ドルくらい（笑）捕らぬ狸、ですが数億損しています。本当にバカですね。</strong></p>
<p><strong>その後3ヶ月ほど事業再生のコンサルをした後に携帯会社と米国系メディア企業の合弁会社に転職しました。以前に富士ゼロックスの合弁企業に在籍した経験を買われ、双方の会社の調整役としてビジネスモデルを構築しました。</strong></p>
<p><strong>しかし市況が変わってしまい、合弁解消に伴う手続きを完了した後に、今度は米国系コンピューターに移りました。ここはひたすらきつかったですね。会社に夜11時までいて当たり前の生活でした。当時の転職条件はそれまでのポジションで疲れきっていたこともあり「法務にトップがいる」ということだったのですが、入社後にそのトップが辞めてしまったのです。過少人数でオペレーションする会社だったので、まさにバーンアウト、燃え尽きてしまった感がありました。</strong></p>
<p><strong> その後、外資の通信事業会社に少しの間在籍をしましたが、やはり通信は国のセキュリティの要でもあり、ビジネスとしての展開には限界を感じざるを得ませんでしたね。そしてその後ようやく現在のヒューレット・パッカードに来たわけですが、実務からマネジメントを中心にした業務に重心を移したポジションにつくことができるようになりました。」</strong></p>
<p>これだけ多くの会社で転籍しながら現職に至るまで、どんな意識で彼は歩いてきたのだろうか。</p>
<p><strong>「苦労はしてますよ。でも苦労をしているという自覚がないのが特徴的ですね。これも以前にもお話した挫折を挫折と感じないというのと同じような感覚です。やることをやってきたら今に至っただけだと思うのです。」</strong></p>
<p>そのような軌跡の後にたどり着いた現職である取締役・法務の最高責任者としてのキャリアについても語ってもらった。</p>
<p><strong>「さすがに取締役という役職は、契約書を書くのがうまいから取締役に、というわけにはいかないですよね（笑）。外資系の取締役というのは日本の国内企業におけるそれとは全く意味合いの違うもので、出世の末に手に入れる、というキャリアではないのですが、それでも私は取締役として経営にも携わっています。また法務のトップですから、今後の展開としては所属しているリージョンで、国境を越えて法務サポートをおこなう、といったリージョン化の仕事に移行してくると思うのです。」</strong></p>
<p> 世界的なマーケットをシェアにもつ多国籍企業ならではの事業領域、キャリアパスが氏には求められているそうだが、氏は自らの方向性についてもまた違った考えをもっているようだ。</p>
<p> <strong>「今現在は次に自分が進むべき方向性を思案しているといった状況です。どちらかというと、一昨年インターカレッジの交渉コンペの審査員として呼ばれた経験などが非常に面白かったこともあり、今までの経験を教育の分野で活かしていくのも面白いかもしれないと思っています。</strong></p>
<p><strong>大学生や大学院生など真剣にプレゼンする姿が純粋に可愛いと思いますし、応援してあげたいと感じます。まだ具体的ではないですが、今後はそのような方向性も考えてもいいかな、と思っています。しかも地方都市かなにかでやれたらいいですね。精神的に落ち着きたいのかな（笑）。」</strong></p>
<p> 氏のように実務経験を通じて蓄積されたナレッジを伝えたい、という想いを、学生は敏感に感じ取るのであろう。氏を審査員として逆指名したかった、という声が多く聞かれたそうだ。</p>
<p>最後に氏は、次代の会に参加している経営者に向かって応援メッセージを伝えてくれた。</p>
<p><strong>「とかく経営者は自分がNO.1だと思いがちなので、外にいる人と積極的に交流していくことが必要だと思います。気持ちの上でオープンマインドであること、外の情報を受け入れていくこと、そして人の意見を聞く姿勢を態度で表すこと、これは非常に大事だと思います。</strong></p>
<p><strong>また、今の日本の状況を鑑みるに、以前にも増して日本の人材はアジアをはじめ世界を目指して積極的に展開していくべきだと思います。昨年、法律に関する国際会議に参加したことがありますが、議論をリードしている30代のアジアの優秀な人材を多数目撃しました。本当に皆優秀なんです。それを思うとこのままでは日本はまずい！という危機感を感じました。日本人のもつポテンシャルを私は信じていますから、大きな視野で情熱をもって世界に出ていく気概をもっていってほしいと思っています。」</strong></p>
<p> 「挫折」を「挫折」と感じず、「苦労」を「苦労」と感じずに無我夢中で歩いてきた自らの軌跡を追うように、氏の想いを引き継ぐ若く優秀な経営者が現れるであろうが、その日までには、今しばらくの時間がかかるかもしれない。</p>
<p>多くの経験から蓄積されたナレッジや、熱い想いを多くの若者に伝えるミッションがある以上、周りが簡単に氏を落ち着かせてはくれないはずだ。若者の可能性を嬉しそうに語る氏の目を見ながらそう感じた。</p>
<p style="text-align: right;">（了）</p>
<p align="right">敬称略　取材・執筆　次代の会　柳澤　史樹</p>
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		</item>
		<item>
		<title>日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役執行役員　井上修氏　第3回「キャリアパスの考え方」全4回</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/02/13/article418.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2010/02/13/article418.html#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 13 Feb 2010 02:21:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演内容連載BLOG（毎週金曜更新）]]></category>

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		<description><![CDATA[現代社会において、全ての企業活動は、法律や司法に伴う、法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>現代社会において、全ての企業活動は、法律や司法に伴う、法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュースは、法務の重要性を一般市民の間にも浸透させるに至っている。<br />
今回次代の会では、その法務業務のスペシャリストである日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役であり、知財・法務統括本部長である井上　修氏をお招きした。法務という仕事について語って頂きながら、氏自身の人生観などを併せて追ってみたいと思う。</p>
<p><strong><span style="color: #0000ff;">第3回　「キャリアパスの考え方」</span></strong><br />
ビジネスマンとして法務のプロフェッショナルとしてシンガポールでの駐在経験、NY州弁護士資格を取得後アメリカでの駐在を.comバブルに沸くシリコンバレーにおいて経験しキャリアを積んでいたにもかかわらず、日本に帰国後は、ベンチャーへ転職する。大きな時代の転換期におけるシリコンバレーから何を感じたのだろうか。</p>
<p><strong>「当時のシリコンバレーはまさに.comバブルの中心で、インターネットに牽引された産業革命の真っ只中にいるというエネルギーを感じました。ベンチャーファンドが林立し、何かをやろうと思えばお金はいくらでも調達できましたし、社外の人間ともしょっちゅう会って、いろいろなビジネスモデルを考えたりしていました。その風潮の中で、それまで感じていた「会社は家」であり、自分の人生を守ってくれるものだという感覚は、崩れていったのかもしれません。</strong></p>
<p><strong>それこそ、何かやりたいという熱い思いやアイデアがどんどん出てきた時代でしたし、車を走らせながらラジオで株式市況を聞いていると、常に「UP」しかない好景気に沸いていた状況でしたから。<br />
そんな景気状況のシリコンバレーは365日晴れの日のようなところで、住むには非常にいいところでしたが、そうこうしているうちに「これでいいんだろうか」と。はっきりいって飽きてしまったようです。人生と同じで、晴れの日もあれば曇りの日があるからこそ面白いのであって、365日晴れのところにいると晴れのありがたみを感じなくなってしまいますから。</strong></p>
<p><strong>その頃日本に帰国することになり、帰国を機に転職することにしたんです。ちょうど日本もITバブルの波が来る次期でしたから、シリコンバレーの経験もものをいってか、ヘッドハンターからも引く手あまたでした。しかし私はその中で一番おもしろいことができそうな小さな組織のベンチャーを選んだのです。」</strong></p>
<p>大企業での駐在員経験、NY州弁護士資格、そしてシリコンバレーでの駐在経験などの輝かしいキャリアをひっさげた氏は、多くのヘッドハンターのオファーを断り、可能性やおもしろさを重視し、投資事業及び事業育成コンサルを事業の中核とするあるベンチャー企業に入社し、次代の会　副理事長である福永と出会うことになる。なぜベンチャーを選んだのか。<br />
氏があえて選んだベンチャーとしてのおもしろさと、そのベンチャーが敷いていたホールディング制という経営体制の中での経験を通じて得られた組織論についての考えを語ってもらった。</p>
<p><strong>「当時はホールディング制による会社経営が日本でも流行り始めたころで、入社したベンチャーも、子会社を全て合わせると、非常に大きな組織でした。<br />
はっきりいって何をしているのか分からないうちに怒涛のように過ぎ去ってしまったくらいの日々でしたね。<br />
そこでいろいろな経験をしましたが、会社経営を人のサイドから見るか、またエコノミクスから見るか、によって大きな差があるということを感じました。</strong></p>
<p><strong>エコノミクス、つまり経済的な効率を考えれば当然ホールディング制をひいたほうがいいわけです。共通の経営基盤やオペレーションについては集約化し、事業そのものはその特性に対応して分業したうえで、その事業に対応した組織規模にしたほうが効率がいいのは当たり前ですが、そこで組織規模が大きくなれば全て解決か、といえばそうでもない。組織が大きくなれば、人の関係が希薄になりがちですから。逆に人を基軸にして経営を見た場合には、人の価値観がぶつかりあうことからこそ新しい価値が生まれ、そこから新しい商品やサービスが生まれるということがあります。</strong></p>
<p><strong>そういった意味で考えれば、やたら数が多く規模が大きければいいというわけではなく、しっかりとしたリアルなコミュニケーションが取れる規模の組織がいいのではないか、と感じる側面もあるわけです。</strong><strong>どちらがいい悪い、という問題ではなく、そのバランスをどうとるか、そこが非常に難しい。<br />
まあだからこそ経営は面白いのだ、ということだと思うのです。」</strong></p>
<p>氏があえて選んだベンチャー企業での経験は、組織体制、経営体制に関する新しいナレッジを蓄積することになり、その経験をもとに氏はさらに多くの世界的な大企業での経験を積み重ねていくことになるのだが、それも順風満帆というわけではなく、挫折の連続だったとのことである。</p>
<p>考えてみれば、シリコンバレーしかり、帰国後のベンチャーへの転職しかりと、あえて面白さ、スリル、充実感を求める氏の生き方を鑑みれば、ある意味大組織で安穏としたキャリアには氏自らが興味を覚えなかったと考えられる。<br />
次回はいよいよそのキャリアパスの最終章から今日に至るまでをお聞きし、これから将来にむけて氏が目指している方向性について存分に語って頂こうと思う。</p>
<p style="text-align: right;">（最終回に続く）<br />
敬称略　取材・執筆　次代の会　柳澤　史樹</p>
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		<title>日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役執行役員　井上修氏　第2回「数年後のWishをプロジェクトする」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/02/05/article413.html</link>
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		<pubDate>Fri, 05 Feb 2010 08:29:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演内容連載BLOG（毎週金曜更新）]]></category>

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		<description><![CDATA[現代社会において、全ての企業活動は、法律や司法に伴う、法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>現代社会において、全ての企業活動は、法律や司法に伴う、法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュースは、法務の重要性を一般市民の間にも浸透させるに至っている。<br />
今回次代の会では、その法務業務のスペシャリストである日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役であり、知財・法務統括本部長である井上　修氏をお招きした。法務という仕事について語って頂きながら、氏自身の人生観などを併せて追ってみたいと思う。</p>
<p><strong><span style="color: #0000ff;">第2回　「数年先のWishをプロジェクトする」</span></strong></p>
<p>政治家になるという夢の近道として、弁護士になるべく司法試験を勉強したものの失敗、その後大学院ではドイツ語の難しさに挫折、最終的に商社へ入社し、ビジネスマンとして企業法務の道を歩き始めることになる。本人としては「挫折の連続」と自らを評しながらも、その意識が全くなかったというが、どのようなキャリアを積んでいったのか。</p>
<p><strong>「当初いろいろと内定をもらいましたが、法務としての約束がはっきりしなかったので、お断りしたところもありました。<br />
最終的に商社に入ったのですが、最も忙しい営業部隊の一つに配属されました。トレーニングだったんでしょうね。それが結果としてよかったと思います。</strong></p>
<p><strong>その後法務に移ってからも現場との信頼関係ができていたので、法務としての仕事を理解してくれたところがありました。そのときの成功体験をもって前回お話した『法務はビジネスセンスが必要』という思いを強くしたのです。私の法務はビジネスに立脚していなければならないという持論の礎ということですね。だからこそ私はビジネスサイドに対して口も出しますし、厳しいこともいうわけです。</strong></p>
<p><strong>その後富士ゼロックスに移りましたが、そこではビジネスセンスのある法務スタッフが多い会社で、違和感なく溶け込めたので非常にラッキーだったと思います。法務というバックヤード的な仕事でありながらも、現場から表彰されたりした経験もあり、さらにビジネスに立脚した法務という仕事のスタンスに自信を深めることができました。<br />
上司の方も非常に理解があり、人のネットワークをどんどんと紹介して仕事を繋いでくれた。そのようなスタンスをあの会社の方は理解してくれていたのだと思いますね。」</strong></p>
<p>井上が企業法務の仕事のキャリアを数多く積んだ富士ゼロックス時代には、企業派遣留学生として選抜され、シンガポールやアメリカへの海外駐在も経験する。この経験も彼の仕事に対する価値観を大きく変える転機となった。彼が常々語る「多様性」「多変性」を実体験として感じる貴重な経験だったという。</p>
<p><strong>「まさに『視点の違い』を痛感しましたね。日本の文化的特徴として語られる『察しの文化』が全く通用しないのです。今でも覚えていますが、NYに行きたてのころ、たまたまZIPPOのオイルがなく、探して入ったら確か日本円にして1000円近い値段で売りつけられたことがあります。そのときはそんなものか、と思っていたのですが調べてみるとやはり『やられた』と（笑）。</strong></p>
<p><strong>でもその値段の値札を出して売る人がいて、私のようにその値札の値段で買う人間がいるわけで、店頭商品の市場価値が交渉で決まることがあるということが日本と違いを感じたところですね。（関西方面は違うかもしれませんが。）<br />
麻薬に溺れてしまっている人や、そのような人に追いかけられたことがあるのも彼の地です。日本の常識が全く通用しないということを強く感じましたね。」</strong></p>
<p>そんなカルチャーショックを経ながらも、井上は研修生としての時間を過ごしながら、NY州の弁護士資格にトライし、見事に資格を取得することになる。挫折を繰り返したといいながらも、このように大きな目的は確実に達成してきているのが興味深い。</p>
<p><strong>「私はおそらく今から数年先の希望、Wishをプロジェクトしているところがあるようです。大学院時代に見せてもらったコロンビア大学のロースクールの模擬裁判のビデオが非常に興味深かったことと、就職した商社においては海外との法律的なやりとりの拠り所がなかったので、その不安を解消したいという思いから、ロースクールで勉強してみたいという想いが希望 Wish へなっていったのです。本来が怠け者なのでやる以上は資格としてとってしまったほうがベターであろうと思ったのですね。もっとも、ここでも2回試験に落ちていますが（笑）。」</strong></p>
<p>その後氏は、当時.com （ドットコム）バブルと称され、幾多の伝説を生んだシリコンバレーで駐在時代の最後期間を過ごし、帰国後ベンチャー企業へと転身することになる。自ら数年先の“Wish”を漠然とはいえプロジェクトとして定めながら、企業法務として自らのキャリアのあくなき追求を求めた氏の人生絵巻は、まだまだ留まるところを知らないようだ。次回もさらに彼の怒涛のようなキャリアパスを振り返りながら、その中で蓄積されたナレッジについて探ってみたいと思う。</p>
<p style="text-align: right;">（第3回に続く）<br />
敬称略　取材・執筆　次代の会　柳澤　史樹</p>
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		<item>
		<title>日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役執行役員　井上修氏　第1回「法務はビジネスセンスが必要な仕事？」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/01/29/article407.html</link>
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		<pubDate>Fri, 29 Jan 2010 01:18:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fumiki.yanagisawa@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[講演内容連載BLOG（毎週金曜更新）]]></category>

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		<description><![CDATA[現代社会において全ての企業活動は、法律や司法に伴う法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュース [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>現代社会において全ての企業活動は、法律や司法に伴う法務的な側面を無視して存続することは現実的に不可能であろう。2006年ライブドアショックからはじまり、昨年の金融危機に至るまで、経済構造の激変により発生した事件やニュースは、法務の重要性を一般市民の間にも浸透させるに至っている。<br />
今回次代の会では、その法務業務のスペシャリストである日本ヒューレット・パッカード株式会社　取締役であり、知財・法務統括本部長である井上　修氏をお招きした。法務という仕事について語って頂きながら、氏自身の人生観などを併せて追ってみたいと思う。</p>
<p><strong><span style="color: #0000ff;">第1回　「法務はビジネスセンスが必要な仕事？」</span></strong></p>
<p><strong><span style="color: #0000ff;"><span style="color: #000000;">「法務という仕事に対してどんなイメージをもたれますか？」</span></span></strong></p>
<p>氏は講演の最初に参加者に対してこう問いかけた。<br />
答を求められた参加者の方は「ルールに基づいてジャッジする厳格なイメージ」とか「公務員的なカタイイメージ」と答えていたが、私としても同じようなものだったと記憶している。</p>
<p>ここで企業活動における「法務」という仕事に対する一般的な解釈をあげると、企業の生成から解体に至るまでの全ての局面において、企業経営に係わる法律上の業務の総称を指しており、その内容は上述の企業活動上の局面はもちろん、対象や地域、方法など、実に多岐に渡っている。その内容についてここで触れることは本題ではないので割愛させて頂くとして、氏はその問いに対してこう答えた。</p>
<p><strong>「法務という仕事は、法律のチェック、いわば番人的な仕事を想像される方が多く、その為『カタイ』とか『融通がきかない』というイメージが一般的ですが、それだけではありません。リスクマネジメントだけでなく、利益の追求のための良好なコンディションをキープするために、法律との関連性をチェックし、状況に応じて多様性、多角性をもったオルタナティブな提案ができる、それがこれからの新しい法務のあり方であり、まさにビジネスセンスに通じるものが必要とされる仕事なのです。」</strong></p>
<p>法務にビジネスセンスが必要・・　ある意味とても新鮮な感覚を感じた。改めてみれば、井上氏の風貌は失礼ながら私のイメージの中にある「法務担当者」のそれではない。たくわえた口ひげ、タートルネックシャツにカジュアルなジャケット。「あえて今日はこのスタイルで」とのことだったが、それにしても筆者の中の「法務」という仕事のイメージとは異なる風貌、そして冒頭の質問内容に、氏への人間としての興味が沸いてきた。そこで氏の今までの経歴についてお聞きすることにした。当初氏を「幾度と挫折を乗り越えてきたエピソードの持ち主」と紹介されたが、日本法人とはいえ世界的企業の取締役としてのキャリアと挫折という言葉がどうにも結びつかない。さらに氏の人生に興味をそそられた。</p>
<p><strong>「子供の頃は政治家になりたかったのです。しかし生家が貧しかったので、調べるうちに当時テレビで弁が立っていた政治家に弁護士出身者が多く、それを見て憧れ、『あ、弁護士になれば政治家になれる』だろうと。子供らしい単純な理由でした。</strong></p>
<p><strong>その後司法試験の合格者が多かった中央大学の法科まで進んだのですが、在学の4年間は司法試験に受かるつもりで勉強し続けましたね。しかし受からなかった。受かるつもりでしたから、就職試験も受けずに結果として就職浪人となってしまったのです。その浪人中に、見かねたゼミの教授に声をかけて頂き、結果大学院に入学しましたが、そのときはもう研究者の道に進もう、と進路を変えていました。自分の癖で研究に没頭するたちがあるので、向いているかなと。</strong></p>
<p><strong>そこで気がついたことなのですが、研究者とは周りの状況に応じた自分のドメインを出していかねばならず、私の研究領域であった『民事訴訟』がドイツ法を継承していることからドイツ語を勉強しなくてはならないというチャレンジが私の前に立ちはだかったのです。それで私はもともと語学が苦手だったので、2年間勉強したが、またも挫折だったのです。</strong></p>
<p><strong>それなら最初の目的どおり、司法試験を目指せばいいじゃないか、と思われる方がいるかと思うのですが、お話したとおり生家は貧しかったので、そこまでしなくてもいいかと（笑）。<br />
そこで就職活動を始めました。既に法律に軸足をかなり置いていたので、法務中心に職を探したところ、商社に法務としての口を見つけて就職しました。そこから私の企業法務としてのキャリアがスタートしたのです。</strong></p>
<p><strong>私のエピソードのご紹介で『挫折の連続』だったといわれましたが、実は自分では全くそれを感じていないのです。そのような感覚は、迷いや不安こそあれ挫折感とは全く異なるものですね。その意味においては、もしかするとそのような『挫折感』に対して私は鈍感なのかもしれません。」</strong></p>
<p>ようやく氏の社会人としてのキャリアがスタートするところまでお聞きして、ますます興味が沸いてきた。テーマである法務の仕事内容とは少し離れてしまうが、これは今に至るまでを聞かざるを得なくなってしまった。読者の皆さんには申し訳ないが、氏の社会人としてのスタートから今に至るまでのキャリアに関してしばらく一緒にお付き合い頂きたいと思う。</p>
<p style="text-align: right;">（第2回に続く）</p>
<p style="text-align: right;">敬称略　取材・執筆　次代の会　柳澤　史樹</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>第十九回『次代の会』開催のご案内（２月度は２回開催）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/01/28/article403.html</link>
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		<pubDate>Thu, 28 Jan 2010 03:08:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>fuku@jidainokai.jp</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[☆第十九回『次代の会』☆
～今の経営者と未来の経営者が集う～
のご案内
□ご挨拶：
「次代の会」第十九回目開催のご案内です。
年末の次代の会は忘年会ということで講演会はお休みをいただきました。
２月の会は、３日に続き、２ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>☆第十九回『次代の会』☆<br />
～今の経営者と未来の経営者が集う～<br />
のご案内</p>
<p>□ご挨拶：<br />
「次代の会」第十九回目開催のご案内です。<br />
年末の次代の会は忘年会ということで講演会はお休みをいただきました。<br />
２月の会は、３日に続き、２月の第３週の開催となります。<br />
今月も是非ご参加ください。</p>
<p>□講演ゲスト経営者：<br />
ジョルダン株式会社　<br />
代表取締役社長　佐藤俊和氏</p>
<p>なお、経営哲学のみでなく、先月CESに行かれたそうなので、<br />
そのお話も交えてお話したいただける予定です。</p>
<p>（ご本人からのメッセージです）<br />
今月ラスベガスで開催されたCESに行ってきましたので、<br />
そこで感じた技術動向、これからの日本に関する雑感を交えながら、<br />
私の考え方を話すことができたら、と考えています。<br />
よろしくお願いします。</p>
<p>（佐藤社長のプロフィール）<br />
１．経歴<br />
昭和２４年　８月　　　福島県白河市生まれ<br />
昭和４３年　３月　　  福島県立福島高校卒業<br />
昭和４３年　４月　　  東京大学理科１類入学<br />
昭和４８年　３月　　  東京大学工学部化学工学科　<br />
昭和５１年　３月　　  東京大学工学系大学院修士卒業<br />
昭和５１年　４月　　  エス・ジー株式会社入社<br />
昭和５４年１１月　　  エス・ジー株式会社退社<br />
昭和５４年１２月　　  株式会社ジョルダン情報サービス設立<br />
平成　１年１２月　　　ジョルダン株式会社に社名変更<br />
平成１５年　４月　　　大証ヘラクレスに上場</p>
<p>２．コンピュータとの関わり<br />
原理的なところでコンピュータに興味<br />
修士論文では、モンテカルロ法を駆使する<br />
自分たちでオフィスコンピュータを作ったエス・ジーに入社<br />
その後、ジョルダンを設立、代表取締役社長に就任</p>
<p>３．会社の略歴<br />
マイコン、ミニコン、ワークステーションのソフト開発を受託しながら、<br />
さまざまな商品の企画、提案も手がける。<br />
自社ブランドで、1993年に電子ブック版「東京乗換案内」を開発・発売。<br />
以後、プラットフォームをPC、インターネットへと拡大しながら、<br />
全国版、特急新幹線の時刻表搭載、全国全駅時刻表搭載まで機能を増強。<br />
携帯電話での乗換案内で、ビジネスマンのライフスタイルを変える。<br />
トラベル、出版、ゲームと事業領域を拡大している。</p>
<p>□「次代の会」コンセプト：<br />
『今の経営者と未来の経営者が集う』経営者の課題“次代を担う人材の発掘と育<br />
成”、将来の経営者候補の課題“目指すべき理想の経営ビジョンを体現している経<br />
営者との出会い”。『次代の会』はそんな両者が出会う機会と場所を企画・用意<br />
いたします。また、全員がゆっくりとお話できるように４０名という限られた人<br />
数で実施いたします。</p>
<p>□参加方法：<br />
以下のWEBフォームにてお申込み下さいますようお願い致します。<br />
申込は<a href="https://pro.form-mailer.jp/fms/a4b6e3ed6573">こちら</a></p>
<p>折り返し参加受付完了のメールが自動送信されます。<br />
※先着順になりますので、定員を超えた際にはお断りすることもございますの<br />
で、予めご了承ください。</p>
<p>□開催概要/会場<br />
★日程：２０１０年２月１７日（水）　１８：３０－<br />
☆場所：ディー・ブレイン証券会議室<br />
東京都中央区日本橋茅場町1-9-2稲村ビル<br />
（地下鉄　茅場町6番出口前）<br />
<a href="http://www.d-brain.co.jp/company/main_map.html">MAP</a><br />
※ビル１Fには案内が掲示されておりませんのでご注意ください。<br />
☆基調講演：ジョルダン株式会社　<br />
　　　　　　代表取締役社長　佐藤俊和氏</p>
<p>★基調講演会<br />
人数：４０名限定<br />
会費：4,000円<br />
時間：18時30分開場、19時00分開始</p>
<p>★タイムテーブル<br />
＜開始＞<br />
├名刺交換time<br />
├主催挨拶・講演者紹介<br />
├講演<br />
├参加者１分間スピーチ<br />
├名刺交換time<br />
└次回開催概要アナウンス</p>
<p>主催：一般社団法人　次代の会<br />
問い合わせ先：staff@jidainokai.jp</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>株式会社アイネット　代表取締役会長　池田　典義氏　最終回「人間力」（全4回）</title>
		<link>http://jidainokai.jp/2010/01/22/article398.html</link>
		<comments>http://jidainokai.jp/2010/01/22/article398.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 01:42:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator></dc:creator>
				<category><![CDATA[講演内容連載BLOG（毎週金曜更新）]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://jidainokai.jp/?p=398</guid>
		<description><![CDATA[戦後の日本経済を語る上で、高度経済成長下におけるモータリゼーションの発展が日本経済に与えた影響力はいわずもがなであるが、その動力であるガソリンを主とする燃料供給の関連業界も大きな発展を遂げてきた。
今回の次代の会は、その [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>戦後の日本経済を語る上で、高度経済成長下におけるモータリゼーションの発展が日本経済に与えた影響力はいわずもがなであるが、その動力であるガソリンを主とする燃料供給の関連業界も大きな発展を遂げてきた。<br />
今回の次代の会は、そのモータリゼーションの隆盛に沿って急増したガソリンスタンド(GS)の事務管理と運用システムの開発・運用を行う株式会社アイネット（元株式会社フジコンサルト）を設立し、一代で東証一部上場を成し遂げた同社代表取締役会長の池田　典義氏の軌跡を辿ってみたいと思う。</p>
<p><img class="alignnone size-medium wp-image-381" title="DSC_4622" src="http://jidainokai.jp/wp-content/uploads/2009/12/DSC_4622-300x199.jpg" alt="DSC_4622" width="300" height="199" /></p>
<p>株式会社アイネット　代表取締役会長　池田　典義氏</p>
<p><span style="color: #0000ff;"><strong>最終</strong></span><span style="color: #0000ff;"><strong>回「人間力」</strong></span><br />
アイネットの事業は、当初GSのPOSによる業務管理システムを礎に同社は現在に至るまで、その事業領域を拡大し続けてきた。今回の最終回では、アイネットのこれからの事業の方向性について語って頂きながら、同社を率いる池田氏の「人間」について触れてみたいと思う。</p>
<p><strong>「アイネットは現在に至るまで、礎になった石油業界をはじめ、小売サービス、製造、金融、通信・放送・出版、建設・不動産、製造、官公庁など、非常に多くの業界、業種のお客様の立場に立ち、大きく分けるとアウトソーシング分野とシステム企画・開発分野という２つの大きな柱で事業展開をしてまいりました。</strong></p>
<p><strong>アウトソーシング分野においては、自社で保有する第1データセンター（1998年稼動）に続き、時代の新しいニーズである仮想化、クラウドコンピューティングといったニーズに対応するべく、計画、完成させた第2データセンター（2009年6月稼動）を活用し、「VAiOS （Virtualization All in One Services） 仮想化オール・イン・ワン・サービス」を提供してまいります。</strong></p>
<p><strong>また、システムの企画・開発分野においては、各種業務システムの構築をはじめ、携帯電話の組み込みソフトウェア開発や、宇宙開発の分野における人工衛星のシステム開発なども受託しています。」</strong></p>
<p>同社が各業界の業務アウトソーシング事業を展開する上で、データセンターの稼動は必要不可欠なものとして早くから計画、推進されてきた。1998年稼動の第1データセンターが満床に近づいた為、2009年6月に稼動を開始した第2データセンターの規模は、第1期分だけでもサーバルーム3フロア、1000ラックという非常に大規模なものである。<br />
この新しいデータセンターは、企業のシステム運用を効率的に行うために、サーバを複数稼動しているように見せる技術である「仮想化」を実現することがコンセプトとして造られた。またこの仮想化技術は、ユーザー企業が自社サーバを保有せずに、ネット経由でソフトウェアを利用できる「クラウドコンピューティング」の実現に大きな役割を果たすことになる。<br />
同社がこれからの方向性として掲げている「VAiOS （Virtualization All in One Services） 仮想化オール・イン・ワン・サービス」は、現在加速しつつある仮想化の導入、運用に際して、すべてのサポートを同社が受託して行うサービスで、まさにこれからの時代のニーズに対応する為に同社の大きな事業の柱となっていくであろう。</p>
<p>このように時代のニーズに応じ、顧客の立場でサービスを提供してきた結果、アイネットは従業員1700名を超える大企業となった。同社を設立、牽引し現在では会長となった池田氏本人に話を戻し、氏が自身の活動として目指しているものや、その方向性について語って頂き、この章を締めたいと思う。</p>
<p><strong>「今は立場的なものもあり、いくつかの公職についています。その根底にあるのは、『この業界全体のプレゼンスを向上したい』という想いなのです。」</strong></p>
<p>氏は現在、（社）神奈川情報サービス産業協会（KIA）会長をはじめ、神奈川ニュービジネス協議会　会長、（社）情報サービス産業協会（JISA）常任理事、（財）神奈川県体育協会　副会長など、実に様々な業界団体の公職を、同社会長職と兼務で行っている。</p>
<p>その全てが業界全体のプレゼンス向上であり、同社のCSR活動の一環とはいえ、そのバイタリティとエネルギーには大きな感銘を受けざるを得ない。ちょっとうがった見方をすれば、このような公職は、名前だけの場合もあるが、池田氏が語ったのはまさにこの業界の発展に対する「熱い想い」だった。</p>
<p><strong>「正直申し上げまして、私が会長を務める（社）神奈川情報サービス産業協会は、アイネット以上に親しみを覚えます（笑）。私が4代目の会長に就任してからは、心の若い人を理事にすること、女性の活躍できる場所にしたいということを心がけ、副会長はじめ、女性の理事を増やしたりしました。そして彼らに私が実現したい会のポリシーをしっかりと話して伝えていったのです。そのように色々な努力をした結果、加入社数は177社から333社まで増えました。</p>
<p>協会の主な活動として、10大学に寄付講座を提供、運営しています。業界のベテラン社員を講師として各大学で我々の業界について講座を開き、学生さん達に色々なノウハウを伝授しています。</strong><strong></strong></p>
<p><strong>それとは別の取り組みとして、大学を卒業後就職して３年の間にその３割が辞めてしまうという現実を鑑み、次のチャンスがない若者の為に再び就職できるようにサポートする活動も行っています。</strong></p>
<p><strong>また、会の活動を加入社の経営者だけでなく、社員の集まりとして打ち出し、夏には800名以上も集まる地引網をやったり、大きな会場でクリスマスパーティーを開催したりしています。さらに、小学生の子供達を対象に「ぼくたち、わたしたちの未来の世界」という将来の情報化社会の夢をテーマにした絵を描いてもらう「夢絵コンテスト」があります。今年で14回目となりますが、本当に素晴らしい作品が毎年1万点以上も集まり、表彰式には神奈川県知事も出席してくれるような大きなイベントへと発展しました。<br />
</strong></p>
<p><strong>全てはこのように希望を持ってこの業界に進み、そして豊かな未来を創っていくことができるようになる人を育成するためのお手伝いが、私のライフワークだと思っているのです。<br />
その意味では次代の会の活動も積極的に支援していきたいと考えているのですよ。」</strong></p>
<p>池田氏ほどの人物になると、会社経営者としての責務に限らない社会的使命を求められるステージへと変化してくるのだろうが、それが本当に他の多くの人を巻き込んだ運動になるかどうかは、牽引者である氏自身が情熱を持っていなければ、到底実現するのは難しい。<br />
その意味では、氏がこの講演を通じて最も熱く語ったのはこの人材育成支援に関する活動についてだった。</p>
<p>同社の軌跡の中で<strong>「知名度・信用度の低さ故非常に苦労した経験から、社内教育には力を入れ公明正大な会社を目指して努力し続けた結果、1995年4月に店頭市場（現JASDAQ）に株式公開を果たし、2006年3月には東証1部上場も実現させました。」</strong>と語る氏にとって、未来に向けた人材育成のための支援活動への想いの強さは、若い頃に自らが体験した苦しさを知るからこそなのかもしれない。<br />
そしてそんな苦労をしながらも、大きな病気もせず毎日の激務にも耐えうる丈夫な体に感謝すると同時に、経営の局面で都度難局を乗り切ることができた「運の強さ」を感じずにはいられないと氏は言う。</p>
<p>同社の大きな成功は、さまざまな状況の助けや時代のニーズがあったにせよ、氏がもつこの「人間力」が最も大きな要素となっているに違いない。氏の熱く語る言葉を聴きながら、そんな風に感じた。</p>
<p style="text-align: right;">（了）<br />
敬称略　取材・執筆　次代の会　柳澤　史樹</p>
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		<title>第十八回『次代の会』開催のご案内</title>
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		<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 13:42:30 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[☆第十八回『次代の会』☆
～今の経営者と未来の経営者が集う～
のご案内

□ご挨拶：
「次代の会」第十八回目開催のご案内です。
年末の次代の会は忘年会ということで講演会はお休みをいただきました。
1月の会は、1月は年始と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<pre>☆第十八回『次代の会』☆
～今の経営者と未来の経営者が集う～
のご案内

□ご挨拶：
「次代の会」第十八回目開催のご案内です。
年末の次代の会は忘年会ということで講演会はお休みをいただきました。
1月の会は、1月は年始ということもあり、2月の第一週の開催となります。
今月も是非ご参加ください。

□講演ゲスト経営者：
上岳史氏（　アルファグループ　代表取締役社長　）
アルファグループ株式会社の創業者・現代表取締役社長。
1971年9月、東京都新宿区生まれ。1994年、上智大学文学部在籍時、現会長の吉
岡伸一郎とともに、セールスプロモーションを手がける株式会社プラスアルファ
を立ち上げ、代表取締役に就任。1996年、移動体通信市場に参入し、以降、人材
事業、オフィスサプライ事業へ順次参入。
2004年、ジャスダック証券取引所へ上場を果たす。
現在アルファグループ株式会社は、ホールディング体制のもと、独自の代理店ビ
ジネスを強みとした『セールスソーシング』を核に全事業体を代理店モデル化。
商材（市場）を短期間に拡販するセールスを展開し、『日本初の営業商社』を実
現すべく、全社一丸となって事業を展開している。

□「次代の会」コンセプト：
『今の経営者と未来の経営者が集う』経営者の課題“次代を担う人材の発掘と育
成”、将来の経営者候補の課題“目指すべき理想の経営ビジョンを体現している経
営者との出会い”。『次代の会』はそんな両者が出会う機会と場所を企画・用意
いたします。また、全員がゆっくりとお話できるように４０名という限られた人
数で実施いたします。

□参加方法：
以下のWEBフォームにてお申込み下さいますようお願い致します。
申込はこちら↓↓
<a href="https://pro.form-mailer.jp/fms/05ad596f685">https://pro.form-mailer.jp/fms/05ad596f685</a>

折り返し参加受付完了のメールが自動送信されます。
※先着順になりますので、定員を超えた際にはお断りすることもございますの
で、予めご了承ください。

□開催概要/会場
★日程：２０１０年２月３日（水）

★基調講演会
人数：４０名限定
会費：4,000円
時間：18時30分開場、19時00分開始
会場：首都圏ソフトウエア協同組合（泉岳寺）
住所：東京都港区高輪2丁目15番地8号グレイスビル泉岳寺前
アクセスMAP
<a href="http://www.syutoken.or.jp/map.html">http://www.syutoken.or.jp/map.html</a>

★タイムテーブル
＜開始＞
├名刺交換time
├主催挨拶・講演者紹介
├講演
├参加者１分間スピーチ
├名刺交換time
└次回開催概要アナウンス

主催：一般社団法人　次代の会
問い合わせ先：<a href="mailto:staff@jidainokai.jp">staff@jidainokai.jp</a></pre>
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